第8回スケッチしナイト☆を開催しました!

 

7月20日(土)に文化交流展示室の作品をスケッチするイベント、

スケッチしナイト☆を開催しました〜!

 

今回のお題は、「再現文化財 東大寺 伝月光菩薩立像」です。

まずは、研究員がこの仏さまについて解説。

 

研究員解説中

 

ふっくらしたほっぺが特徴だそう。

 

そのあと、早速スケッチ開始!

 

完成品はこちら!

 

ガチ系、ゆる系、さまざまな仏さまができあがりましたね。

みなさんお上手!

 

参加してくださった方、ありがとうございました!

 

次回もお楽しみに〜!

投稿者 | 989edu |
虎党、集合せよ!  −南蘋画の名品より−
 ババーン!!

 バババーン!!!

 タイガースファンが大喜びしそうなこの虎の絵、江戸時代の「南蘋派」(なんぴんは)の名品なんです。

 南蘋派ってなに?って方、今から解説しちゃいますよ!

 江戸時代、第8代将軍徳川吉宗は、当時の絵画の主流派であった狩野派に飽き足らず、中国絵画、特に宋・元時代の絵画の技法を日本画に取り込もうとしました。そして、宋・元画の技法に通じた清朝の宮廷絵師、沈 南蘋(シン ナンピン)を長崎に呼び寄せたのです。
 南蘋は、1731年から33年にかけて、長崎の唐人屋敷(唐館)に約2年間滞在しました。

唐人屋敷の様子(長崎唐館図及蘭館図 当館蔵)。8月20日から9月8日まで展示予定です。こちらもお楽しみに・・・

 そして、唐通詞(幕府お抱えの中国語通訳)の息子であった神代甚左衛門(くましろ じんざえもん)をだたひとり、弟子としました。神代は、南蘋の帰国後その弟子の高乾にも師事して南蘋風の技法を身につけ、中国名風に熊斐(ゆうひ)と名乗って南蘋風の絵画(南蘋画)を多く描きました。また、多くの日本人絵師を弟子にとり、南蘋画を日本に広めました。

 南蘋の絵画は、精緻で写実的な彩色画で花鳥を描くことを特徴とします。それまでの日本絵画にはない、カラフルでメリハリのはっきりした表現は、多くの絵師の心をつかみました。南蘋画に影響を受けた絵師には、円山応挙伊藤若冲与謝蕪村渡辺崋山司馬江漢といった、そうそうたる面々が名前を連ねているんですよ!!

 さて、冒頭に掲げた「虎図」は、南蘋のただひとりの弟子、熊斐の作です。日本には生息していない虎を、宋・元画などを参考としながら見事な筆致で表現しており、ユーモラスな表情が魅力の作品です。本来の虎よりもずいぶんやさしげな顔つきだと思いませんか?一説には、日本には生息していない虎を描くために、ネコを参考にしたためにこうなったんだとか。虎党だけじゃなくて、ネコ好きさんも必見ですね!?

 またこのほか、沈南蘋直筆の「海棠白頭翁・萱草百合図」(2幅1対 当館蔵)、南蘋画の影響を受けた与謝野蕪村筆の「寒林野馬図」(文化庁蔵)もあわせて展示しています。

 「虎図」などの南蘋画を展示する「沈南蘋と江戸時代の中国趣味」は、当館4回文化交流展室の第5テーマにおいて、8月18日(日)まで公開中です。お見逃しなく!!
投稿者 | 989tenji |
巨大すぎるキラキラ!?金銅装頭椎大刀 宮地嶽古墳出土(再現文化財)
 九州国立博物館4階文化交流展室ではいま、ひときわ目を引く巨大なキラキラ!が展示されています。
 その名も、「再現文化財 大型大刀」



 なんと、全長約3m!

 いったいこれは何かというと…

 福岡県福津市にある宮地嶽古墳から出土した、国宝「金銅装頭椎大刀(こんどうそうかぶつちのたち)を実大で再現したものなんです。

 宮地嶽古墳は、「嵐」が出演したJALのテレビCMで一躍有名になった「光の道」を見ることができる、福津市の宮地嶽神社の境内にある円墳です。直径約30mの規模を持つ、7世紀代の古墳としては比較的大型の古墳で、とくに石室の長さは約23.5〜24mと、全国の古墳のなかでも2番目の長さを誇ります(第1位の奈良県橿原市にある見瀬丸山古墳は、宮内庁の陵墓参考地のため石室の中に入ることができないため、中に入れる古墳としては全国でもっとも長い石室なんだそうです)。

 この石室、江戸時代より、お不動さま(不動明王)を石窟の中にまつる不動神社(穴不動)が営まれていたといい、かなり古い時期に開口していたようなんですが、幸運なことに、石室からの出土遺物の多くが、散逸することなく現在まで伝えられているんです。

 おもな出土遺物には、鞍金具壺鐙(つぼあぶみ)、(くつわ)、(かこ、ベルトのバックル)などの馬具、耳環などの装飾品、大刀などの武器があり、そのほとんどが金銅製品(キラキラ!!)です。
 またこのほかに、多量のガラス玉ガラス板(ガラスの素材)などが出土していて、その多くが国宝に指定されているんですよ!

 九州国立博物館では、開館したときに、それまで東京国立博物館に預けられていた宮地嶽古墳出土品の一部を借り受けました。そして、そのなかでもほかに例がない貴重な資料でありながら、腐食によりごく一部のみしかのこされていない「金銅装頭椎大刀」の復原製作を行ったのです。


↑残っていた部分(一部)。これらの大きさと、これまでに知られている通常サイズの古墳時代の頭椎大刀の類例からサイズを復原しました。巨大な頭椎(握りの端部装飾)部分の実物(上の写真のもの)も併せて展示しています!

 宮地嶽古墳の被葬者には諸説ありますが、福津の地は玄界灘に面しており、古くから海上交通に長けた人々が住んでいたことはよく知られています。ですから、副葬品にガラス板や装飾品類など貴重な舶載品が多いことは、なっとく!!ですね。
 いっぽう、けんらん豪華な金銅製品(キラキラ!!)の多くには、大和王権とのかかわりをうかがわせるものが多くあります。くだんの頭椎大刀も、その代表格。つまり、宮地嶽古墳の豪華な副葬品は、宮地嶽古墳の被葬者が半島の勢力と列島の大和王権とをつなぐ役割を果たしたことを物語る、まさに九博の収蔵品を代表する宝物なんですね。

 もちろん、長さ3mを越える大刀、常識的に考えて、これを腰につけることができたとは思えません。ですから、おそらくこれは、儀式の場に飾られたもの「儀仗」的な使われ方をした品物であると考えられます。当時の儀式のようす、目に浮かびませんか?

 また、九博ではこのほか、おなじくキラキラ!!と光り輝く「金銅製壺鐙(こんどうせいつぼあぶみ)」も同じコーナーで展示しています。


↑宮地嶽古墳出土の金銅製壺鐙。鐙(あぶみ)とは、乗馬時に騎乗者の足を固定する馬具。これは奇跡的に残りが非常にいいので、現在でも当時の輝きが残されています。ほかの馬具も金銅製品ばかりで、キラキラと輝いていたことでしょう。

 宮地嶽古墳出土品は、現在九州国立博物館でその一部を展示しています(令和2年3月29日まで)。ぜひ、古墳時代末期の輝き(キラキラ!)を見に、ご来館ください!
投稿者 | 989tenji |
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