「倭人、戈をつくる」、はじまりました!
10日間という長いGWがあけて2週間がたちましたが、みなさんはいかがおすごしでしたか?

いつものリズムがなかなか戻らず、仕事や勉強が手につかなかった方はいらっしゃいませんでしたか?

九州国立博物館の考古(とくに弥生時代)担当は、令和フィーバー

(皆さんはもうご覧になりましたか?)に沸く4階文化交流展示室の裏側で、

5月14日(火)より模様替えをして再オープンする第3室の準備にてんやわんやの1週間でした^^;)



いったいどんな展示が始まるのか、気になりますよね!?

今回は、2つあるコーナーのうち、「倭人、戈をつくる」を担当した小澤が、その内容を簡単に紹介いたします。

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「戈」ってなんだか知ってますか?あまり見かけない字ですけれど。

「戈」というのは、長い柄のさきに、横に交差するように短い剣のようなものを取りつけた、武器の一種です。


戈の手描きの絵

戈はもともと、中国で紀元前に発達しました。

当時、中国では、馬に引かせる軽戦車(チャリオット/Chariot)を用いた戦いが一般的でした。戦士は、戦車に乗って戈を振り回し、相手の体に刃を引っかけたり、突きさしたりして戦ったそうです。

しかし、戦車を用いた戦いがだんだんすたれていくと、中国の戈は「引き切る」という部分が退化していき、「突きさす」という部分が強調された「戟」という武器へと変わっていったといいます。

この「戈」という武器、弥生時代前期の終わりごろ、朝鮮半島を経由して日本に入ってきました。

いっしょに入ってきた剣・矛とともに、青銅器でつくられた武器の3兄弟として知られています。

青銅器3兄弟

あれ?弥生時代に戦車ってあったの?


と思った方、するどいですね。

戦車どころか、戦車を引く馬でさえも、当時の日本列島には生息していませんでした。

かの有名な『魏志倭人伝』にも、「其地無牛馬」(その土地(日本列島)には、牛や馬がいない)と記されています。


じゃあ、弥生人たちは「戈」をいったいどうやって使ったの!?

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弥生社会において、「戈」が武器として用いられたのは、ほんのわずかなあいだのことでした。

最初のころの戈(細形銅戈)は、幅が細く、刃部をするどく研ぎだしていて、いかにも「武器」っていう雰囲気があります。

水城の戈
水城跡付近で出土した細形銅戈(九博蔵)。細くて鋭いですね!

このころの戈は、墓に副葬されることも多く、個人の所有物として用いられていたことがわかります。

ところが、次第に戈の幅がふとくなると、やがて刃が研ぎだされなくなり、柄に装着する部分も小さくなっていきます。

日永の戈
日永遺跡出土広形銅戈(九州歴史資料館蔵)。太くなりすぎて、まるで板みたい・・・

切りつけたり打ち合ったり、振り回したりするような用途には使いにくい形のこのような戈は、

多いときには数十本(!!)がまとまって埋められており、おまつりに使ったと想像されています。


複数まとめて埋められた戈。福岡の周辺は、このようにして出土した戈が特に多いことでよく知られています。

またこのころには、青銅製の戈のほかに、石や木で作った戈も登場します。

これらも、戦いに用いたとは考えがたく、やはり何らかのおまつりに用いたと考えられます。


また、数は少ないですが、「戈」の柄と考えられる木器も出土しています。

長さは1m弱ととても短く、本来は長柄の武器であったものが変化していることがよくわかります。


こうした「戈」の使われかた、実は弥生時代の「絵」にのこされているんです!

今回は、「戈」を使っている最中と思われる人物が描かれていると思われる、

銅鐸と、土製の小さなベル(土鐸)を展示しています。


(土鐸に描かれた「戈をもつ人」 佐賀県川寄吉原遺跡出土 佐賀県教育委員会1981『川寄吉原遺跡』より)


(銅鐸に描かれた「戈と盾をもつ人たち」 難波洋三「同范銅鐸2例」(財)辰馬考古資料館1991『考古学研究紀要』2より)
いずれも、狩猟や農耕にともなう収穫のおまつりのワンシーンを描かれたとも考えられています。


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弥生時代になると金属製の武器が登場し、

平和な縄文時代とはうってかわって、人々は争いを繰り広げたと、よく言われます。

けれど「戈」は、もともと武器として列島に持ち込まれたのに、

武器として使われた期間はとてもみじかく、すぐにお祭りの道具に変化していきました。

そのような変化がいったいなぜ起こったのでしょうか?

「戈」からはじまる弥生時代の謎解き、皆さんもぜひ九博でチャレンジしてみてください!

「倭人、戈をつくる」は、九州国立博物館4階文化交流展室第3室にて、9月1日(日)まで開催しています!

(本展開催中は、第3室内は一部の作品をのぞき写真撮影が可能です。
 なお、撮影の際はほかの見学者にご配慮いただき、フラッシュを使って撮影されないようご注意ください。)
投稿者 | 989tenji |
きゅーはく女子考古部5期生 大抽選会!

さぁ!今年もこの一大イベントがやってまいりました。

きゅーはく女子考古部5期生を決定する

大抽選会です!

 

今年の応募総数は、70組でした!

たくさんのご応募、本当にありがとうございました!

 

女子考古部

令和を記念して、大伴旅人の衣装を着た女子考古部顧問。

顧問の前の箱には、運命の抽選箱が…。

女子考古部

圧し掛かるプレッシャーに、顧問も思わずこの表情。

定員は20名です。

誰が当たるかは、誰もわからない。本気の抽選会です!

女子考古部

28番の方、当選!!

 

抽選を繰り返し、5期生が決定しました!

当選された方、おめでとうございます☆

第1回活動でお会いしましょう!

 

心苦しいのですが、5期抽選会はこれにて終了です。

みなさま応募メールに、女子考古部に対する熱い想いをいっぱい書いてくれました。

読んでいて励みになります!

そして顧問マネ一同、「全員当選にできれば…」と、毎年悔しい気持ちになります。

 

今後ともきゅーはく女子考古部をよろしくお願いします!

 

投稿者 | 989edu |
第1回馬頭琴ワークショップ
突然ですがみなさん、この楽器の名前は何でしょう?
馬頭琴

正解は「馬頭琴(ばとうきん)」!
モンゴルの楽器です。物語「スーホの白い馬」でおなじみですね。


いったいどんな音がするのでしょう?
馬頭琴を実際に演奏できるワークショップが3月に当館で開催されました。


教えてくださるのは「ドラン馬頭琴楽団」のみなさん。
リーダーはモンゴル人の馬頭琴奏者ドランさんです。 馬頭琴奏者ドランさん


はじめに楽団によるコンサートがおこなわれました。
迫力のある演奏の数々…。
最後に演奏された曲「万馬の轟」は馬の大群が駆け抜ける様子が目に浮かびました。 馬頭琴コンサートの様子

さあ、続いておまちかねの演奏体験!
まずは馬頭琴の持ち方、音の出し方を習います。 馬頭琴体験の様子

「ド」「レ」「ミ」きれいに鳴らせるかな…?
馬頭琴体験の様子

最後はみんなで一曲演奏。
馬頭琴ワークショップ参加者の演奏
おみごと!うまくそろいました。


次回馬頭琴ワークショップは令和元年6月9日開催です。
予約申し込み情報はこちら

馬頭琴がどんな音を奏でるのか、ぜひ体験しに来てください!
投稿者 | 989edu |
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