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三国志!!!!!!!−三国志展の動物たち−
いよいよ、会期も残り少なくなってまいりました。皆さまはもうごらんになりましたか?
10月1日から九州国立博物館3階特別展室において開催中の特別展「三国志」!

 14世紀に作られた「物語としての三国志」(『三国志演義(さんごくしえんぎ)』)のもとになった、約1800年前の中国(後漢時代〜三国時代)。
 魏(ぎ)・蜀(しょく)・呉(ご)の3国が並び立ち、曹操(そうそう)や劉備(りゅうび)、孫権(そんけん)などの武将が大活躍していた、まさにその時代の出土遺物を一堂に集め、実際に使っていた武器や墓に納められた副葬品などから、リアルな三国志の姿を復元しようという、意欲的な展覧会です。

 今回の三国志展、実は動物たちがあちこちで魅力的なんです!!というお話、今回は3回目でっすよ〜♪


 えっ? しつこいって? そろそろ飽きてきたって?
 いやいや、そんなこと言わないでくださいよ。まだ紹介していない魅力的な動物たちが、展覧会場にはたくさん隠れているんですから!!

 とはいえ、さすがに3回目というのはやりすぎかもしれませんね…
 今回で一応、動物シリーズは最後にしておくことにしましょうか。



 気をとりなおして。
 さて、動物シリーズの最後を飾るのはやっぱり、三国志の時代には欠かせない、この子たち…



 そうです。「馬」!

 三国志の時代、ひろい中国大陸を駆けめぐる武将たちが乗ったのは、馬でした。
 戦場において、主人をそのたくましい背中に乗せ、ともに敵と戦う頼りがいのある相棒、馬。

 前漢(ぜんかん)末期の梟雄(きょうゆう)、呂布(りょふ)の愛馬である「赤兎馬」(せきとば)、
 ごぞんじ魏(ぎ)の曹操(そうそう)の愛馬である「絶影」(ぜつえい)、
 蜀(しょく)の初代皇帝、劉備(りゅうび)の愛馬であった「的盧」(てきろ)などは、
 いずれも、正史「三国志」にその名が残された名馬であり、ファンならずともその名を聞いたことがあるかもしれません。

 馬の名前が正史に残ってるの!? と驚いたあなた。私も同じ気持ちですよ!!
 だって、これ、日本なら弥生時代の話ですよ!?


 ああ、これは以前の記事でもやったネタでしたっけ…

 ま、まあ、それだけ、三国志の時代、馬というのは特別な意味を持った動物だったということなんでしょう。気を取り直して、「三国志」展の中の馬たちを紹介していきましょう。

 まずはこちらから。
 『三国志演義』を紹介するオープニングに登場するのは、趙雲(ちょううん)が馬に乗って駆ける姿を彫った木像。
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 蜀の劉備の部下であった趙雲。
 曹操と劉備とが戦った長坂坡(ちょうはんは)の戦い(建安13年、208年)で、劉備軍は敗走します。
 このとき、劉備の奥様である甘夫人(かんふじん)と、劉備の子でのちに蜀の第2代皇帝となった劉禅(りゅうぜん、幼名:阿斗/あと)を、趙雲が戦場から救い出します。
 『三国志演義』によれば、趙雲は決死の覚悟で単騎、戦場に駆けもどり、阿斗を抱きかかえるや、着ていた鎧の前合わせをひろげ、阿斗をそこに抱きかかえて、馬を駆って戦場を脱出したといいます(ブログの中の人も大好きなエピソードです)。
 その姿を見事に描き出したこの「趙雲像」(ちょううんぞう)、17〜18世紀頃、清(しん)時代につくられた傑作ですね!

 次にご紹介するのはこちら。動物シリーズ第1回目でもとりあげた、「儀仗俑」(ぎじょうよう)。

 躍動感あふれる馬に乗った騎兵を先頭にした、貴人の行列を造形したこの作品、何しろ馬の表情が迫力満点!

 会場で儀杖俑の近くに展示されているこちら、「多層灯」(たそうとう)は、灯りをともすための台としては実にりっぱなものですが、こちらにもたくさんの馬が表現されています。
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 その姿、あたかもメリーゴーランドのよう!?
 えっ? この写真じゃなにがなんだかわからないって? そういう方はぜひ会場にお越しください! 迫力満点ですから。

 ふりそそぐ矢のコーナーの下あたりに展示されているこちらの作品、その名も「武士出征像」(ぶししゅっせいぞう)。
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 これから出征する兵士が、馬にのり、環頭大刀(かんとうたち)を佩(は)いて(身に着けて)います。馬は足をつっぱり、口をあけて、今にもいななこうとし、それをおさえるかのように左右の従者が馬のくつわを持っています。

 お墓にも馬の姿は描かれました。
 3世紀ころの魏の墓に描かれた壁画をうつした、「北園1号墓壁画模写」(ほくえんいちごうぼへきがもしゃ)。
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 馬車とそれを護衛する騎馬隊を躍動的に描き出しています。

 三国歴訪 蜀のコーナーにも、躍動的な姿の馬を描いた作品が。「車馬出行図塼」(しゃばしゅっこうずせん)も、2頭立ての馬車と騎乗した従者の姿を生き生きと表現した作品。
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 塼(せん、つちへんに「専」)とは、床や地面に敷いたり、壁に貼ったりするレンガのような焼き物のこと。踏みつけちゃうのがもったいない出来栄えですよね!?

 そのすぐ近くにあるこちら「金馬書刀」(きんばしょとう)。
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 これは実物が小さすぎて会場では拡大写真を見てもらわないとわからないのがちょっと残念ですが、見事な象嵌(ぞうがん/金属に別の金属を埋め込む)技術で馬を表現しています。ちなみに、「書刀」とは、字を書くための木簡や竹簡をけずるための小刀のこと。現代の消しゴムに相当する筆記具で、当時の役人には必須のツールでした。

 またまた登場、中国南部から東南アジアにかけて広くお祭りで使われたとされる「銅鼓」(どうこ)。
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 銅鼓の上には、以前ご紹介したユーモラスなカエルと並んで、馬に乗った人物が造形されています。

 こちらも再登場組、「神亭壷」(しんていこ)。
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 ちょっと目立たない位置ですが、やっぱり騎馬人物がえがかれています。

 そしてこちら。
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 ん? よくみるとこれは・・・  馬じゃない・・・ 象(ぞう)じゃないか!!
 「騎象俑」(きぞうよう)は後漢(ごかん)時代(2世紀ころ)の作。ライオンに象、後漢の人たちはいろんな動物に接していたんですね。間違えちゃいました(テヘッ)


 いかがですか?
 三国志の時代の人々がいかに馬に親しんでいたかが分かりますね。
 しかも、ほとんどが騎馬、または馬車をひく姿であらわされています。当時の馬と人々の生活のかかわりがよくあらわれている、これらの作品たちにあいに、「三国志」展、足を運んでみてはいかがでしょうか?

 特別展「三国志」は、九州国立博物館3階特別展室にて来年1月5日(日)まで開催中です!
 会期末が近づいてきています。まだご来場されていないそこのあなたも、何回か行ったけどまだまだ見たりないというそこのあなたも、ぜひ九博までお越しくださいませ!




投稿者 | 989tenji |
三国志!!!!!!−講演会のおしらせ−
 10月1日から九州国立博物館3階特別展室において開催中の特別展「三国志」!

 14世紀に作られた「物語としての三国志」(『三国志演義(さんごくしえんぎ)』)のもとになった、約1800年前の中国(後漢時代〜三国時代)。
 魏(ぎ)・蜀(しょく)・呉(ご)の3国が並び立ち、曹操(そうそう)や劉備(りゅうび)、孫権(そんけん)などの武将が大活躍していた、まさにその時代の出土遺物を一堂に集め、実際に使っていた武器や墓に納められた副葬品などから、リアルな三国志の姿を復元しようという、意欲的な展覧会です。

 さて今日は、この三国志展関連イベントである、特別講演会についてご紹介しましょう!

 現在九博で開催中の三国志展、目玉のひとつである、魏(ぎ)の曹操(そうそう)の墓「曹操高陵」(そうそうこうりょう)を実物大で再現し、さらに曹操高陵から出土した選りすぐりの遺物(しかも海外初公開!)をその中で展示するコーナーが人気を博しています。
曹操高陵の再現コーナー→ 

 その「曹操高陵」を発掘した責任者の先生が、九博にやってきます!
 
 12月14日(土)、河南省文物考古研究院の潘 偉斌(ハン イヒン)先生を九博にお迎えして、曹操高陵の発掘調査について、また三国時代のアレコレについて、貴重な体験談を交えながらお話をしていただきます。

 さらに、曹操高陵から鉄製の鏡が出土しているのですが(残念ながら今回の展覧会では出品されていません)、潘 偉斌先生によれば、その鉄鏡と昭和8年に大分県日田市で出土した鉄製の鏡が似ている可能性があるといいます。
 そこで、日本で出土する中国鏡に詳しい、九州大学大学院准教授の辻田淳一郎(つじた じゅんいちろう)先生もお招きして、三国時代と弥生時代の鏡を比較しながら当時の中国大陸と九州とのつながりについてのお話をしていただきます。
潘 偉斌先生 辻田淳一郎先生

 えっ!? 三国時代弥生時代!? なんかぜんぜん関係ありそうな気がしないんだけど…というそこのあなた。

 魏の曹操や呉(ご)の孫権(そんけん)、蜀(しょく)の劉備(りゅうび)など、名だたる英雄たちが活躍した三国時代。年代でいうと、曹操の生まれたのが西暦155年、これが実は日本列島では弥生時代の後期中ごろ。
 曹操が亡くなり、その子の曹丕(そうひ)が後漢(ごかん)の献帝(けんてい)から帝位を譲り受けた(これにより後漢が名実ともに滅亡した)のが西暦220年、その3年後には蜀の劉備も死去しますが、これがちょうど日本列島では弥生時代の後期末ころ。

 歴史書「三国志」の中にも、このころの日本列島のことが記されていて、これがかの有名な「魏志倭人伝」(ぎしわじんでん)。正確には、「三国志」の中の「魏書 巻三十 烏桓・鮮卑・東夷伝 倭人条」(ぎしょ かんさんじゅう とういでん わじんのじょう)といいます。これに登場するのが倭の女王である「卑弥呼」(ひみこ)で、彼女は238年に「難升米」(なんしょうめ、またはなんしょうまい)という人物を使者として魏に行かせ、魏の皇帝は卑弥呼に「親魏倭王」(しんぎわおう)の名を与え、金印を授けました。
 卑弥呼が亡くなったことも魏志倭人伝に記されていて、それが西暦247年。一方、中国大陸では252年に呉の孫権が死去。彼ら、彼女らは、まさに同時代を生きた人々だったのです。

 いかがですか? なんだか面白そうでしょう?
 そう思ってしまったそこのあなた!! 今すぐスケジュールを確認しましょう!!

 特別展「三国志」記念特別講演会は、12月14日(土)13時30分から、九州国立博物館1階ミュージアムホールで開催です!
 開場は13時00分、入場無料(ただし本展の観覧券もしくは半券の提示が必要)、申込不要。なお、定員は280名、先着順になりますのでご了承ください。
 

 みなさまのお越しを、お待ちしてます!
投稿者 | 989tenji |
週末の夜は九博の三国志展へ行こう!No.2
 現在、九州国立博物館3階特別展室で好評開催中の、特別展「三国志」
 来週末、11月22日(金)・23日(土)の夜間開館日は、関連イベントが目白押しです!
 今回は、11月23日(土)のイベントをご紹介しましょう。

 11月23日の土曜日。
 この日の夕方、九博はあの伝説的なゲーム「真・三國無双」・「三国志」に染まります!!


 えっ? いったいなんのこっちゃって?
 実は、現在九博3階特別展室で開催されている特別展「三国志」、ゲーム会社の「(株)コーエーテクモゲームス」さんにご協力いただいております。
 たとえば、ゲーム中で張飛(ちょうひ)がつかっている「蛇矛」(じゃぼう)を入口に飾ったり。

「蛇矛」の実物大レプリカ

 たとえば、音声ガイドが通常版の吉川晃司さんご案内のもののほかに、「真・三國無双」で曹操(そうそう)役の声優さん・岸野幸正さん、曹丕(そうひ)役の神奈延年さん、夏侯惇(かこうとん)役の中井和哉さん、関羽(かんう)役の増谷康紀さんが出演されたコラボバージョンを提供していたり。

 そんなこんなで、23日(土)の午後3時からは、コーエーテクモゲームスさんの全面的なご協力により、「真・三國無双」ファン必見のイベント、「夜な夜な三国志」がきゅーはくで開催されるというわけなんです。

 えっ? いったいなにをやるんだって?

 あわてないあわてない。今からそれを説明しますから。

 まずはこちら。
 「真・三國無双」から、呉(ご)の武将、孫権(そんけん)の声を担当した菅沼久義さんが声で三国志展を案内してくれます。
 これは、現在提供している「真・三國無双」スペシャル・バージョンの音声ガイドに呉の武将が登場していないという熱烈なファンの嘆きの声をうけてのもので、この日だけの限定です!

 そしてこちら。
 コーエーテクモゲームスから、「真・三國無双」シリーズ担当の鈴木プロデューサーと、「三国志14」担当の越後谷プロデューサーをお招きして、三国志好きの芸能人や当館の三国志展担当、川村主任研究員らを交えて、「三国志」展の魅力に迫る、「夜な夜な夢想秘話」
 残念ながらこちらについてはすでに申し込みは終了していますが、当日、「ニコニコ生放送」で生中継されます。くわしくはリンク先をご確認ください。

 さらにはこちら。
 きゅーはく1階エントランスホールに大画面を設置して、「真・三國無双」のゲームの一場面を実際にプレイしながら、「真・三國無双」を愛してやまないゲストたちが語りあう、「夜な夜な大合戦」

 はたまたこちら。
 諸葛亮(孔明)が自身の危機を味方に知らせるために、大型の籠を製作したことが発祥だともいわれる小型の熱気球、「天灯」。きゅーはくエントランス前にて、孔明に思いを馳せて、天灯で夜の九博を彩ります。「孔明の危機?!三国志的イルミネーション」

 盛りだくさんの土曜日。11月23日(土)は、午後3時から8時まで、きゅーはくで三国志を満喫しちゃいましょう!!

 なお、これらのイベントの詳細については、こちらのページでご確認ください。
投稿者 | 989tenji |
まもなく開催!三国志ナイトミュージアム「英雄(ヒーロー)現る!!」

 

三国志ナイトミュージアム

「英雄(ヒーロー)現る!!〜もしも卑弥呼の使者が曹操に出会ったら〜」

の第1回目の公演が明後日11月22日(金)に迫ってきました!

 

それに先立ち、先週リハーサルを行いました。

英雄現る!!リハーサル

↑曹操が卑弥呼の使い、難升米(なんしょうめ)に銀印を与えるシーン

 

笑いあり、アクションありの楽しい劇に仕上がっています!

 

公演は

11月22日(金)18時、18時30分、19時

12月14日(土)17時30分、18時、18時30分

2日間、全6回です!

 

しかも、すべての回に手話通訳が付きます!

 

詳しくはホームページをご覧ください!

 

曹操と難升米

ぜひお見逃し無く!

 

投稿者 | 989edu |
三国志!!!!!−三国志展の動物たち◆
 10月1日から九州国立博物館3階特別展室において開催中の特別展「三国志」!

 14世紀に作られた「物語としての三国志」(『三国志演義(さんごくしえんぎ)』)のもとになった、約1800年前の中国(後漢時代〜三国時代)。
 魏(ぎ)・蜀(しょく)・呉(ご)の3国が並び立ち、曹操(そうそう)や劉備(りゅうび)、孫権(そんけん)などの武将が大活躍していた、まさにその時代の出土遺物を一堂に集め、実際に使っていた武器や墓に納められた副葬品などから、リアルな三国志の姿を復元しようという、意欲的な展覧会です。

 今日も、その展示の一部をご紹介しましょう!!

 前回の「三国志!」記事の中で、「三国志」展に登場する動物たちについて少し紹介しましたが、いかがでしたか?
 前回の記事では、動物そのものが主題となっている作品を紹介しました。しかし、そのほかにも「三国志」展の中にはたくさんの動物たちがいるんです。
 かれらは、作品のなかでは必ずしも主人公の扱いをされているわけではなく、主題となった題材の脇にひっそりと表現されている場合が多いんですが、だからといってあなどるなかれ!
 それぞれが魅力的なすがたを持っていたり、ちゃんと意味を持って作品の中に登場していたりして、かれらなしでは「三国志」展はその魅力も半減してしまう・・・かも!?

 今日は、そんなかれらを紹介していきましょう。

 まずは、比較的出会いやすい(見つけやすい)動物たちから・・・

 「三国志」展、第2章−4より。
 後漢(ごかん)最後の皇帝、献帝(けんてい)が、帝位を曹丕(そうひ)にゆずったあと余生を過ごした山陽(さんよう)の地は、豊かな穀倉地帯でした。山陽の地に営まれた墓から出土した穀倉楼(こくそうろう/食糧貯蔵庫)は、そんな山陽の豊かさをあらわす作品として本展にも展示されています。
 そのうちのひとつ、五層穀倉楼(ごそうこくそうろう)・・・

 の前にいるのは・・・!?寝そべったイヌ


 おなじく、四層穀倉楼(よんそうこくそうろう)の前にも・・・
 寝そべったイヌと、ニワトリ

 収穫を終えて、穀倉楼(食糧貯蔵庫)に年貢を納める人々の横で、ゆったりとたたずんでいます。豊かな山陽の地の穏やかな日々の1コマが思い浮かびますね。

 おなじくニワトリをモチーフとした作品をもうひとつ、いきましょう。こちらです。

 こちら、「三国志」展、第3章−4より。
 「諸葛亮の南征」(しょかつりょうの なんせい)コーナーに展示されている、「提梁壺」(ていりょうこ)とよばれる釣り手つきの酒壺の蓋につけられたつまみ。よく見ると釣り手には龍がいますよ。それから、隣に展示されている「鐎」(しょう)にもとさかを持つ鶏のような鳥がいます。あわせて楽しんでくださいね!

 つづいて、こちらを紹介しましょう。
 ハスの花咲く中、ゆったりと泳ぐ水鳥たち。

 えっ? どこに展示されているのかって!?
 こちら、「三国志」展、第4章−2より。
 「三国歴訪」の蜀(しょく)のコーナーにある、溜池模型という作品のなかの一部。
 豊かな産物に恵まれた蜀を支えた農業の様子を示す、お墓への副葬品です。


 ユーモラスなすがたを見せてくれるのはこちら。

 このカエル、シンプルな造形ながらひと目でカエルと分かる実に見事な造形で、グッズを作ったら飛ぶように売れそうな予感が・・・!!(個人的な感想です)
 「三国志」展、第4章−3より。
 「三国歴訪」の呉のコーナーにある、「銅鼓」(どうこ)という楽器・祭器の上面にいるのですが、一緒に並んでいる馬に乗った人物よりも大きいんです。まさか実物比ではないでしょうね・・・?

 カエルつながりでもうひとつ、こちらはいかが?

 背中に不気味なぶつぶつを持つこのヒキガエル、どこにいるのかというと・・・
 「三国志」展、第5章−4より。
 「蜀の大墓」コーナーに展示されている「揺銭樹台座」(ようせんじゅだいざ)のなかに。ちょっと分かりにくいのでしっかり探してみてください。

 おなじく「揺銭樹台座」からもうひとつ、カラスをご紹介しましょう。

 当館の島谷館長が、NHKさんの人気番組「チコちゃんに叱られる!」の中に登場する毒舌なカラスのキャラクター、「キョエちゃん」にそっくりだとお気に入り。
 このほかに「揺銭樹台座」には合計3体の龍もいて、動物天国な作品です。

 さて、ブログの中の人のお気に入りもご紹介しておきましょう。

 「三国志」展、第4章−3より。
 こちらの「神亭壺」(しんていこ)は、呉の名産品である青磁という焼き物で作られた、お墓に納める「明器」(めいき)ですが、こちらも、実は動物天国なんです。
 たとえば、こちら。

 カニがユーモラスな顔で張り付いてます。

 あるいは、こちら。

 ヘビ?が、穴から顔をのぞかせてます。
 このほか、あちこちに亀がいたり馬がいたり、にぎやかで楽しい作品です。


 いかがですか?前回に引き続き、「三国志」展のあちこちにいるいろいろなすがたの動物たち。
 武将や戦いにあまり興味が持てないそこのあなたでも、当時の中国の人たちがつくった楽しいすがたの動物たちに会えるという楽しみがあります。「三国志」展、足を運んでみてはいかがでしょうか?

 特別展「三国志」は、九州国立博物館3階特別展室にて来年1月5日(日)まで開催中です!
 会期が後半になるにつれて、会場が込み合うことが予想されます。ぜひお早めにお越しください!
投稿者 | 989tenji |
週末の夜は九博の三国志展へ行こう!
 現在、九州国立博物館3階特別展室で好評開催中の、特別展「三国志」
 来週末、11月22日(金)・23日(土)の夜間開館日は、関連イベントが目白押しです!
 今回は、11月22日(金)のイベントをご紹介しましょう。

 11月22日の金曜日。
 この日の夕方には、特別展「三国志」会場になんと!?あの「曹操」(そうそう)が登場します!!!


 …といっても、ご本人そのものではないですよ?
 曹操さん、西暦220年にお亡くなりになってますからね?
 来年が没後1800年。三国志展でも曹操のお墓からの出土品を絶賛公開中ですから。
石牌(せきはい/曹操高陵出土)
(「魏武王常所用挌虎大戟」=魏の武王(曹操)が常に用いていた、虎をも打ち倒す大きな戟(げき)。曹操の墓に埋葬されていた戟(武器)につけられていた。これが出土したことが、曹操の墓であると判断する大きな手がかりのひとつになったという。本展覧会の目玉のひとつ。)

 話がそれました…
 22日に登場してくださるのは、俳優、宮木秀明さんが扮する「曹操」と、同じく権丈豪士さん扮する卑弥呼(ひみこ)の使者、難升米(なんしょうめ)。
宮木さん 
権丈さん 
 主演お二人が熱演!特別展「三国志」の会場内で、曹操と難升米(なんしょうめ)の時代を超えた出会い(※)と感動のストーリーが繰り広げられます…!

 ときは西暦3世紀ごろのお話。
 弥生時代の日本列島には、「倭国」(わこく)という国があり、女王の「卑弥呼」が治めていました。
 卑弥呼はあるとき、中国の王様にあいさつしようと、使者を送り出します。
 使者として、遠路はるばる倭国より中国までやってきた難升米は、いきなり時代を超えて曹操のもとに放り込まれてしまいます。
 後漢最後の皇帝、献帝(けんてい)を擁する曹操はそのころ、漢王朝の正統な後継者を標榜(ひょうぼう)する劉備(りゅうび)や、中国南部を支配する孫権(そんけん)らと、中国大陸の覇権をかけて、激しい争いを繰り広げていました。
 そんな戦国の世に放り込まれてしまった難升米。なりゆきから曹操に味方して戦うことを誓ったものの、曹操たちが用いていたのは難升米が住んでいたころの「倭国」にはない武器ばかりで、使い方がよくわかりません。そこで、曹操は難升米に手とり足とり武器の使い方を教えることに…!?

 さらに、当館の主任研究員で、特別展「三国志」担当の川村佳男が登場。専門の中国考古学の知識を生かして、かみ合わない二人のやり取りを面白おかしく解説してくれます!
川村主任研究員

 この公演は、三国志展の会場内で行われます。
 11月22日(金)は、18時より第1回目、18時半より第2回目、19時より第3回目が行われ、1回は約15分程度。
 三国志展の会場内、再現された曹操高陵の前で行います。三国志展の観覧チケットがあれば、どなたでも会場内にてご覧いただけます。
ぜひ、足をおはこびください!

 なお、本公演は12月14日(土)にも行われます。開始時間がやや異なりますので注意してください。詳細は、こちらのチラシをご覧ください。


※魏志倭人伝などによれば、難升米が卑弥呼により魏に遣わされたのは西暦239年のこと。曹操はすでに死去しており、史実では二人の出会いはありえません。難升米が魏の都(洛陽/らくよう)についたときの魏の皇帝は、曹操の子孫とされる曹芳(そうほう)という人物。ただし、難升米が皇帝に直接お目通りかなったかは難しいところです…。
投稿者 | 989tenji |
三国志!!!! −三国志展の動物たち 
 今月1日から九州国立博物館3階特別展室において開催中の特別展「三国志」!

 14世紀に作られた「物語としての三国志」(『三国志演義(さんごくしえんぎ)』)のもとになった、約1800年前の中国(後漢時代〜三国時代)。
 魏(ぎ)・蜀(しょく)・呉(ご)の3国が並び立ち、曹操(そうそう)や劉備(りゅうび)、孫権(そんけん)などの武将が大活躍していた、まさにその時代の出土遺物を一堂に集め、実際に使っていた武器や墓に納められた副葬品などから、リアルな三国志の姿を復元しようという、意欲的な展覧会です。
 今日も、その展示の一部をご紹介しましょう!!

 「三国志」展の展示品の中で、個人的に見所のひとつとして強く推したいのが、さまざまな動物をモチーフとした作品たちです。
 まずは、動物そのものを主題とした展示品を一挙にご紹介しましょう!

玉(ぎょく/古代中国で珍重された石材)で作られた豚、
「玉豚」(ぎょくとん)。DSC_1689.JPG
曹操(そうそう)の父親で、後漢(ごかん)末期に大臣をつとめた曹嵩(そうすう)の墓(推定)から出土。手に握りやすい棒のような形ですが、これを握らせることで、子孫繁栄や死後の世界での豊かな暮らしを願ったんだそう。豚は子沢山だからなんだって。

青銅に金象嵌(ぞうがん)をほどこした
「豹」(ひょう)。DSC_1688.JPG
劉備(りゅうび)の祖先とされる中山王劉勝(りゅうしょう)の妻の墓から出土した敷物用の重石(おもし)で、金やメノウを使った豪華なつくり。うずくまる豹は手足が太くて、小さいけど強そう!目の色が左右でちがうのも要チェックやでぇ!

大きな「獅子」(しし)。DSC_1687.JPG
獅子は本来、ライオンのことを指しますが、ライオンがいない地域(日本とか)では想像上の動物や神獣としてさまざまに変化しました。この獅子像は本来のライオンの姿をかなり写実的にあらわしています。漢時代には西域から献上された獅子を宮廷で飼育したという記録があり、これをつくった人は本物の獅子(ライオン)をみたことがある人かも!?

お墓を守る「犬」(いぬ)。DSC_1475.JPG
ハーネスをつけていて、番犬だとわかります。前から見るととてもりっぱな体格ですが、下半身、特にうしろあしはちいさい!墓荒らしを威すため、上半身にとくに力を入れてつくったんでしょうが…

羊形容器、「羊尊」(ようそん)。DSC_1474.JPG
呉の特産品、青磁でつくった大型のいれもの。これでお酒を注いだのかな?わき腹には羽根が表現されていて、ただの羊じゃないことが分かります!

「獅子形盂」(ししがたう)。DSC_1715.JPG
同じく青磁でつくられた容器ですがすごくちっちゃい。背中の穴にたとえばろうそくなどを差して使ったともいわれますがはっきりとした用途は分かっていません。ちっちゃいにもかかわらず、タテガミの毛の流れや歯の並びなど、細かいところが実に丁寧に表現されている優品で、某九博職員も一番のお気に入りだとか。

足が太すぎィ!「水鳥」(みずどり)DSC_1479.JPG
とさかでかろうじて…「鶏」(にわとり)DSC_1707.JPG
ニッコニコの…「犬」(いぬ)DSC_1483.JPG
この3つはいずれも、曹操の息子のひとりである曹植(そうしょく)の墓に納められたもの。兄である曹丕(そうひ)が魏の初代皇帝になったのに対して、曹植は晩年、都から遠ざけられて失意のうちに亡くなったとされます。さびしさを紛らわせるために飼っていた動物たちを墓に入れたんでしょうか…

棺おけを載せる台、
「虎形棺座」(とらがたかんざ)。DSC_1482.JPG
2個が1組で棺おけの台座として用いられました。かなり図案化されていて、肩の部分の毛の流れの表現が独創的!歯並びが異常によい虎ちゃんで、草食動物じゃないかと疑いの目を向ける九博職員もいたとかいなかったとか…

いかがですか?勇猛な武将たちが使った武器を見るのも三国志展のひとつの楽しみですが、三国志の時代に人々が親しみをもって接していたであろう動物たちのすがたを楽しむことができるのも、この「三国志」展のいいところかもしれません。武将や戦いにあまり興味が持てないそこのあなた、楽しいすがたの動物たちに会いに三国志展に足を運んでみてはいかがでしょうか?

特別展「三国志」は、九州国立博物館3階特別展室にて来年1月5日(日)まで開催中です!
会期が後半になるにつれて、会場が込み合うことが予想されます。ぜひお早めに足をお運びください!
投稿者 | 989tenji |
三国志!!! −儀仗俑の巻−
 今月1日から九州国立博物館3階特別展室において開催中の特別展「三国志」!

 14世紀に作られた「物語としての三国志」(『三国志演義(さんごくしえんぎ)』)のもとになった、約1800年前の中国(後漢時代〜三国時代)。
 魏(ぎ)・蜀(しょく)・呉(ご)の3国が並び立ち、曹操(そうそう)や劉備(りゅうび)、孫権(そんけん)などの武将が大活躍していた、まさにその時代の出土遺物を一堂に集め、実際に使っていた武器や墓に納められた副葬品などから、リアルな三国志の姿を復元しようという、意欲的な展覧会です。
今日も、その展示の一部をご紹介しましょう!!

 矛(ほこ)や戟(げき)を構えた騎兵たちや、馬車に乗った貴人たちからなる荘厳な行列が、ゆったりと進んでいく・・・
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 「三国志」展の作品のなかでもとくに写実的な造形美が目を引くこの青銅の人形たちは、「儀仗俑」(ぎじょうよう)といいます。
 三国が鼎立(ていりつ)する直前、後漢(ごかん)時代末期のとある墓に副葬されていた、貴人とその供の者たちが行進する情景を表現した「俑」(死者とともに埋葬した人形)です。

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 前方には力強くいななきながら歩みを進める馬と、馬に乗った騎兵が並び、
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 後方には牛車や日傘を立てた馬車に乗った貴人たちと、牛馬のくつわをとる家人。

 その見所は、その細部まで作りこまれた躍動感でしょう。

 たとえば先頭の馬。
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 今にもいななき声を上げようと、斜め上に向けて顔を上げたその瞬間を見事に捕らえています。


 矛や戟などの武器をかかげて馬を操る騎兵たち。

 前を見つめる姿勢がりりしい!

 儀仗俑はまた、当時の武装や服装を知る上でもとても役に立つ資料でもあります。
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 傘を掲げた馬車。当時の馬車の構造がどんなものだったのかをよく知ることができます。


 さて、この「儀仗俑」が納められた墓は、甘粛省(かんしゅくしょう)武威市(ぶいし)から発見されました。同じ墓からは銀印も出土しており、その銀印や、儀仗俑に刻まれた銘文などから、この墓に葬られた人物は「張」という将軍であり、その「張」家からは、甘粛省内の地方長官職を3名も輩出しているといったことが知られます。

 当時「涼州」(りょうしゅう)と呼ばれていたこの地は、後漢の滅亡に一役買った、あの「董卓」(とうたく)の故郷として知られています。
 後漢末期、この墓の主が涼州内の地方長官であった可能性もあり、であるとすれば董卓と実際に会って話をしたことがあってもおかしくありません。

 董卓は涼州で地方軍閥を率いて力をつけました。そして、皇帝であった霊帝(れいてい)の死去にともなう政治の混乱に乗じて首都の洛陽へと軍を進め、まだ幼い即位前の献帝(けんてい、後漢最後の皇帝となった)を擁立して政権を掌握し、専横をつくしました。そのため多くの反発を招き、最後は部下であった呂布(りょふ)に殺害されてしまいます。この呂布を曹操(そうそう)が討ち、三国のうちのひとつである魏(ぎ)の基盤を築いたのです。

 儀仗俑は、その躍動的な造作が魅力なだけではなく、後漢末期の混乱の中、涼州など各地方の軍閥が力を蓄えていたその様子を示す、貴重な資料でもあるのです。 


特別展「三国志」は、九州国立博物館3階特別展室にて来年1月5日(日)まで開催中です!
会期が後半になるにつれて、会場が込み合うことが予想されます。ぜひお早めに足をお運びください!
投稿者 | 989tenji |
三国志!! -武器の巻-
今月1日から九州国立博物館3階特別展室において開催中の特別展「三国志」!

14世紀に作られた「物語としての三国志」(『三国志演義(さんごくしえんぎ)』)のもとになった、約1800年前の中国(後漢時代〜三国時代)。
魏(ぎ)・蜀(しょく)・呉(ご)の3国が鼎立し、曹操(そうそう)や劉備(りゅうび)、孫権(そんけん)などの武将が大活躍していた、まさにその時代の出土遺物を一堂に集め、実際に使っていた武器や墓に納められた副葬品などから、リアルな三国志の姿を復元しようという、意欲的な展覧会です。
今日も、その展示の一部をご紹介しましょう!!


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矢・矢・矢…!!矢の雨が降ってくる!!

 『三国志演義』では、赤壁(せきへき)の戦いを前にして、不足している矢を入手するために諸葛亮(しょかつりょう)孔明(こうめい)が藁(わら)のかかしを船に乗せて魏軍に矢を射らせ、かかしや船に刺さった敵の矢を回収して再利用した逸話が名場面のひとつになっています。
 実はこの話、『三国志演義』の中で創作されたお話なのですが、そのもとになったのではないか?というお話として、西晋の陳寿(ちんじゅ)が編纂した「三国志」に次のようなお話があります。

 あるとき、儒須水(じゅしゅすい)という川の河口で、孫権と曹操とが戦いました。なかなか兵を出さない曹操に対し、大胆にも孫権は大きな船に乗って敵の軍の前に現れます。曹操軍はいっせいにこれに矢を射かけたところ、船の片側に大量の矢が刺さって、その重みで船が傾いたため、孫権は船をめぐらせ、逆側にも多量の矢が刺さるようにして、船のバランスを保った、というものです。
 特別展「三国志」会場内では、これらのエピソードにヒントを得て、会場内に約1千本もの矢を吊るし、弓・弩(ど/クロスボウ)による合戦の雰囲気を演出しました!

 この演出、本展覧会の写真撮影ポイントとなっており、来館されるお客様の多くはここで写真を撮られるようです。
 もちろん、われわれ職員だって、負けずに写真を撮っちゃいました!

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展示作業の合間をぬって、ポーズを決める九博職員…

もちろん、ちゃんと仕事もしていますよ!?これは休憩時間のひとコマです。
(ちなみに、現在では奥の壁の足元に水面をイメージした造作物が配置されており、同じ画面構成の写真は撮ることができません。あしからず…)


 同じコーナーには、漢から三国時代にかけて実際に戦闘に用いられた可能性がある武器や、その形を模した明器(めいき・墓に収めるために作られた非実用的な道具)としての武器を展示しています。

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鏃(ぞく・やじり)。弓や弩により射られる矢の先端部。

 戦国時代から漢にかけて、材質は青銅器から鉄へと変わりました。これらは実際に赤壁の古戦場から出土したもので、赤壁の戦いで使われた可能性もあります。


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弩(ど/クロスボウ)

 横弓部は失われていますが、木でできた「木臂」(もくひ/機械仕掛けの発射部分を固定するとともに、矢を乗せる木製の部材)と、引き金を含む発射部分がほぼ完全な形で出土しました(ただし、展示品は木臂も複製)。ほかに、墓に副葬された弩機(機械仕掛け部分)も展示しています。



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矛。全体が鉄でできており、投槍と考えられます。

 5世紀の「史記集解」(しきしっかい)という史料に、「鋋」(せん/金偏に「延」)という武器の説明があり、「形が矛に似て鉄柄」とされています。また別の史料に、「鋋」が空を飛んで雨のように降る様子を描く記述があることから、全体が鉄でできた矛の形のこの武器は「鋋」という投槍だったのではないかと考えられます。



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「鉤鑲」(こうじょう/じょうは金偏に「攘」のつくり部分)

 小型の盾と、引っ掛ける鉤爪が一体となったこの武器、曹操の息子で魏の初代皇帝(文帝)となった曹丕(そうひ)もしばしば用いたとされます(曹丕は両手にこれを持って用いたとも)。盾で敵が振り下ろす刃(やいば)を防ぎ、鉤爪でからめとるようにして戦うのだそうです。



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撒菱(まきびし)。これを踏むと足がヒドイことに…

 定軍山(ていぐんさん)。魏が拠点を置く中原(黄河流域)と、蜀が領有する益州(えきしゅう/現在の四川省ほか)のあいだにあり、両勢力間の戦略的な要所となっていた「漢中」(かんちゅう)をめぐって激しい戦いが繰り広げられました。この定軍山で出土した撒菱は、武将同士の華々しい戦いの足元でひそかにめぐらされた軍略を想像させます。


 『三国志演義』の中では、前回紹介した張飛(ちょうひ)の蛇矛(じゃぼう)のほかに、関羽(かんう)の青龍偃月刀(せいりゅうえんげつとう)、劉備(りゅうび)の「雌雄一対の剣(しゆういっついのけん)」、呂布(りょふ)の「方天画戟(ほうてんがげき)」、曹操(そうそう)が董卓(とうたく)に献上した「七星宝刀(しちせいほうとう)」などのさまざまな武器が登場します。それらの多くはお話の中での創作かもしれませんが、実際に戦場で使われた武器を見て、それらを想像するのも「リアル三国志」ならではの楽しみ方かもしれませんね!!

特別展「三国志」は、九州国立博物館3階特別展室にて来年1月5日(日)まで開催中です!
会期が後半になるにつれて、会場が込み合うことが予想されます。ぜひお早めに足をお運びください!
投稿者 | 989tenji |
「三国志」!  -蛇矛の巻-
10月1日より、九州国立博物館3階特別展室において特別展「三国志」がスタートしました!

14世紀に作られた「物語としての三国志」(『三国志演義(さんごくしえんぎ)』)のもとになった、約1800年前の中国(後漢時代〜三国時代)。
魏・蜀・呉の3国が鼎立し、曹操(そうそう)や劉備(りゅうび)、孫権(そんけん)などの武将が大活躍していた、まさにその時代の出土遺物を一堂に集め、実際に使っていた武器や墓に納められた副葬品などから、リアルな三国時代の姿を復元しようという、意欲的な展覧会です。
ここでは、三国志展示担当学芸員が、イチ押し!!の作品をご紹介します。

「蛇矛(じゃぼう)」・・・
『三国志演義』のファンであれば、それが張飛が愛用していた武器であることはご存知でしょう。
日本では、しばしば蛇矛は矛の身の部分が蛇のように曲がりくねっていることからそう名づけられたととらえられています。しかし、このような武器は三国時代の出土遺物には見当たりません。


コーエーテクモゲームスの「三国無双」をもとに作成された蛇矛。これはこれでカッコイイ。



では、蛇矛は『三国志演義』の作者による、創作なのでしょうか?

文献記録を紐解くと、7世紀中頃に編纂された中国の歴史書「晋書」に、4世紀ごろの武将である「陳安」が、蛇矛をうちふるって活躍したとの記述があります。蛇矛は、実在の武器だったのです!!

実は、三国時代をさかのぼること数百年、前漢時代併行期の中国西南部における石寨山(せきさいざん)文化に、蛇の頭をかたどった矛の出土事例があるんです。まさに「蛇矛」ですね!

本展覧会に出品されているこちらの蛇矛、日本で一般に考えられている蛇矛とはちょっと違います。よくみてくださいね・・・

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石寨山文化期の「蛇矛」



蛇の首から頭にかけてが矛の柄を差す部分に造形され、口から二股に分かれてのびる蛇の舌が大きく強調されて矛の刃の部分になっていることが分かります。
蛇の首や頭の部分のうろこの表現や、左右に飛び出した目など、細やかな造形がリアルさをかもし出しています。

もちろん、この蛇矛と三国志の時代は地域も時代も違っていますから、同じような武器を三国志の武将が使ったと考えるわけにはいきません。
仮に張飛が本当に蛇矛を用いたとして、のちの世の人々が想像したような、身が曲がりくねった矛のほうが妥当なのかもしれません。

しかし、本展覧会が意図したのは、三国志の世界を実物資料から復元するということ。
実際に出土したこの「蛇矛」は、「リアル三国志」の世界にわれわれをいざなってくれる、ひとつの手がかりとなるのではないでしょうか。

特別展「三国志」は、九州国立博物館3階特別展室にて来年1月5日(日)まで開催中です!
会期が後半になるにつれて、会場が込み合うことが予想されます。ぜひお早めに足をお運びください!
投稿者 | 989tenji |
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