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第6回きゅーはく女子考古部〜わくわく☆熊本古墳めぐり〜

だいぶ更新が遅くなりましたが・・・

女子考古部の10月の活動レポートです!

部員企画第2弾は、福岡を飛び出して

熊本古墳めぐりにいってきました(^_^)

県外での活動はお初ですね!!

お天気にも恵まれ、気持ちのいい旅でした

 

みんなでバスに乗って、出発〜(^o^)/

小嶋顧問がマニアックな古墳解説をしてくれました!

地域や時代によって異なる古墳の作り方など、

大ボリュームでしたね!

あわせて、10月班の部員によるオリジナル古墳クイズを実施!

日本にある古墳の数はいくつ?

最も古墳がたくさんある都道府県は?

福岡県は全国で何番目に古墳が多い?

などなど、こちらもマニアックな出題でした!

正解数が多い人には、班員オリジナル缶バッジをプレゼント★

これはなんの模様でしょうね?

のちほど明らかになりますよ(^w^)

 

太宰府からおよそ1時間半が経過した頃、熊本に到着。

まずは山鹿市にある熊本県立装飾古墳館

お邪魔させていただきました!

 

装飾古墳とは、文様や絵で石室が飾られた古墳のこと。

なんと、熊本県は全国で最も装飾古墳がある都道府県なのです!!

展示室の中には、文様や構造の細部まで再現された実寸大の

熊本県内の古墳の模型がいくつもありました。

上益城郡(かみましきぐん)の井寺(いでら)古墳

奥の石が積んである壁の前に、大きな石の板がありますよね。

これは「石障(せきしょう)」といって、石室の仕切り板です。

熊本県の古墳作りの特色の一つだそうですよ!

また、見えにくいですが、線刻と彩色がほどこされています。

こちらは山鹿市のチブサン古墳です。

あれ?この模様どこかで・・・

 

あっ!

バスの中で配られた10月班オリジナル缶バッジ

同じ模様だ(向き違うけど)!

一度見たら忘れられないインパクトですね。

 

話は戻って、この石室は模型なので、

本物よりも鮮明に模様が描かれています。

石室の中に屋根があるお部屋がありますね。

これは、「石屋形(いしやかた)」といって、

遺体が安置されるところです。

石棺や石屋形など、古墳時代の人は

いろいろな埋葬のされ方をしているんですね〜。

 

古墳以外にも、出土品も展示されています。

 

立派な石人!

山鹿市臼塚(うすづか)古墳の出土品です。

家形石棺!近づいてみると・・・

なんて立派な直弧文(ちょっこもん)!!!

宇城市の鴨籠(かもご)古墳の石棺だそうです。

熊本県では、活火山である阿蘇山のおかげで凝灰岩がたくさん採掘され、

石棺がたくさん作られたそう。

こうした石棺作りの技術が、石室や石人などに応用されているのです!

 

展示室内を満喫ののち、館内を自由に観覧しました。

スタンプコーナーでは、こぞってスタンプを押します!

いろんな種類があるんですね(^_^)

古墳について詳しくなれるパネルが展示されています。

おや?

王塚(おうつか)古墳といえば、福岡県が誇る装飾古墳ではありませんか!!

中に入ってみると・・・

石室が立派に再現されていました!

最後は、インスタグラム風の顔ハメパネルでぱちり

一つ50円(安い!!)のかわいい缶バッジが販売されていたので、

お土産に購入しました(¥v¥)

 

装飾古墳館で楽しんでいたら、あっという間に昼食の時間に。

装飾古墳館から少し離れたところに、

鹿央物産館やすらぎ館というレストランがあります。

そちらでいただけるのが、こちら!!

その名も、『岩原(いわばる)双子塚古墳・発掘カレー』!!

このレストランから歩いて5分ほどの岩原台地にある前方後円墳を、

500分の1スケールで再現!

本物は、後円部の直径が約57m、前方部の幅が約50m、

後円部の高さが9mで前方部はやや低い作りだそうです。

 

その名の通り、スコップ状のスプーンで

発掘するように掘り進めながら食べていくと・・・

実はご飯の中にお宝があるのです(^_^)v

何が入っているのかは、食べてみてのお楽しみ〜

おなかいっぱいになりましたね(^o^)

 

お次の目的地はここ!

山鹿市鍋田にある鍋田水遊び公園の中にある、

国指定文化財 鍋田横穴 !!

一体どんなところなのかというと・・・

ずばば〜ん!大きな岩!!

こちら、崖面に作られた横穴墓なんです。

横穴墓というのは、斜面を掘って作られたお墓の事で、

これは右側が崩れてなくなってしまっています。

中央近くの大きな穴の空間が、遺体を安置する玄室(げんしつ)です。

部員さんが写真を撮っているのは、

これ!

岩にゴリゴリと浮き彫りで絵が描いてあるんです!!

今のように鋭い刃物などがなかった時代に、

どうやってこんな絵が描けたのか・・・。恐るべし!!!

描かれているのは、人や、弓、ゆぎ(矢入れ具)、盾。

戦いに関するものばかりですね。

副葬品も武具が多かったそうで、古墳時代って

それだけ武力衝突が多い時代だったのですね・・・。

横穴墓は立地条件が整っていないと作るのが難しいことから、

近いところにたくさん作られることが多く、

鍋田横穴もたくさん穴がありました!

なんと全部で61基もあるとのこと。

横穴墓の数だけ人が葬られてると思うと、すごい数ですね!

 

さてさてお次は、装飾古墳館で模型を見て予習したところです。

そう、チブサン古墳〜!

道中に本物の石棺があるという驚き・・・。

 

ここは山鹿市立博物館の敷地の一角で、

博物館のボランティアの方がご案内してくださいました。

おおっ

またもや石屋形の模型が!

イメージを高めて、いざ!

見学!!

 

本物はというと・・・写真NGのため掲載できず(ToT)

気になる方は現地でぜひお確かめください

(1日に2回、有料で公開されています)

 

近くには、オブサン古墳という墳丘墓もありました。

古墳の名前は「産(うぶ)さん」によるらしく、

安産の神様として信仰されてきたそう。

ここも装飾古墳です。

どんな装飾でしょうか??

気になる壁画の模様は柵の向こう・・・

み・・・みえそう・・・で

見えない・・・・・・

修行が必要ですね!

 

充実の熊本ツアー、最後は副葬品が国宝という

古墳界のスーパースターです

江田船山古墳〜!!!

↑↑顧問もテンション爆上げ↑↑

見てお分かりの通り、墳丘はとっても立派なサイズ!

墳丘62m、後円部直径41m、後円部高さ10m、

前方部幅40m、前方部高さ7.5mの前方後円墳です。

 

素晴らしいロケーションだったので、

部員たちも貫頭衣を着て集合!!

それでは早速見学へ!

顧問の熱い解説を、部員も熱心に聞いています!

ここは誰でも自由に石室を見学できるんです。

熊本地震後、周囲に土のうを積んで補強しました。

ここで注目なのが、長さ2.2m、幅1.1m、高さ1.45mの家形石棺!!

出土した副葬品は、

刀剣や銅鏡、玉、耳飾、冠、甲冑、馬具、須恵器など、

全部で92点

そしてその全てが国宝という・・・!!

偉大なる古墳ですね。

熊本県、すごすぎる!!!!

 

以上で、熊本ツアー終了です!

福岡から日帰りとは思えないボリュームでしたね。

まだまだ熊本県には有名な古墳があるようなので、

またの機会に・・・

 

それでは、次回更新をお楽しみに!

 

 

 

 

投稿者 | 989edu |
第5回きゅーはく女子考古部〜女子力アップ!古代のおしゃれ体験〜

きゅーはく女子考古部は、今月から部員の自主企画が始まりました!

第5回目の活動は、

古代のおしゃれ体験!

女子考古部

具体的には、

*滑石(かっせき)のアクセサリー作り*

*古代の髪型「みずら」「まげ」体験*

*櫛(くし)などの髪飾り作り*

*古代メイク体験*

をします!

先月は貫頭衣を作りましたが、今回はその他の古代の装いを体験する企画です!

 

まずは、班員さんによる解説からスタート(^^)

女子考古部

縄文、弥生、古墳時代の格好について調べたことを教えてくれました。

 

作りたいイメージはかたまったでしょうか?

さっそく作業をはじめましょう!

 

◎・◎・◎・◎・滑石のアクセサリー作り◎・◎・◎・◎

出土した勾玉(まがたま)や、古墳時代の埴輪(はにわ)を参考に、滑石でアクセサリーを作ります!

滑石は、柔らかい鉱物です。色も様々。

まずは、お好みで大まかに切ったり削ったりします。

女子考古部

紐をとおす穴をあけて(穴をあけるのは最後でもOK!)、砥石(といし)や金属ヤスリなどで削っていきます。

女子考古部

水につけながら削ると、簡単です!

女子考古部

紙ヤスリで磨いていくと、どんどんピカピカになっていきます!

女子考古部

ビーズや金属の輪などを使って、素敵なアクセサリーに仕上がりました☆

女子考古部

女子考古部女子考古部

 

◎・◎・◎・◎・古代の髪型になろう!◎・◎・◎・◎

古墳時代の埴輪を見ると、

男性埴輪は「みずら」という髪型をしており、女性埴輪は「まげ」を結っていることがわかります。

ということで、この髪型に女子考古部もチャレンジ!

↓これは「まげ」と「あげみずら」

女子考古部

↓これは「さげみずら」。「あげみずら」より身分が高い人の髪型です!

女子考古部

「まげ」や「あげみずら」は綿を黒画用紙でくるんで、髪の大きさや形をだいたい作ります。

そのあと、毛糸をぐるぐると巻いていきます。

「さげみずら」は毛糸を、お下げにします。

三つ編み風にしたり、ストレートのままでもOK。

女子考古部

リボンなどで結んで、カチューシャや櫛に固定すれば完成です!

↓完成作品は次の項目でお見せします(^o^)/

 

◎・◎・◎・◎・髪飾り作り◎・◎・◎・◎

縄文や古墳時代の櫛(髪飾り用)などを参考に、髪飾りを作ります!

 

櫛は竹串と糸で再現。

女子考古部

竹串をちょうど良い長さに切って、糸やボンドでくっつけます。

女子考古部

マニュキュアを塗って、漆っぽさを出しても可愛いです。

実際に、木に漆を塗った櫛が出土しています。

女子考古部

糸の色でも、個性が出ますね!

 

せっかくなので、みずらやまげも華やかにします!

下げみずらをしていた特に身分が高い人は、金の装飾をしていたと言われています。

女子考古部

金色のチェーンや、ビーズ、カラフルなストローなどでキラキラに☆

女子考古部

古代の巫女をイメージして、髪飾りを作った部員もいました☆

 

◎・◎・◎・◎・古代メイクをしよう!◎・◎・◎・◎

アクセサリーは、ほぼ完成しました!

最後に、古代のメイクをします。

古代の土面や埴輪には、刺青なのか装飾なのかはわかりませんが、顔に模様が描かれているものがあります。

それを参考に、色は潔く、赤一色で!

女子考古部

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜古代のおしゃれが完成!〜・〜・〜・〜・〜・〜

ついに…思い思いの、古代ファッションが完成しました!

女子考古部

装飾古墳の文様が素敵!

女子考古部

後姿まで、ばっちりです!

女子考古部

髪型、メイク、アクセサリーがそろったフル古代スタイル!

 

本当は全部紹介したいのですが、ブログではここまでです!

 

次回は博物館を飛び出して、外での活動です。

お楽しみに☆

投稿者 | 989edu |
きゅーはく女子考古部 番外編〜春の山城ツアー!後編〜

あっという間に、夏が終わろうとしていますね…………

大変長らくお待たせしました!

 

5月に催された

きゅーはく女子考古部番外編

古代山城(こだいさんじょう)大野城(おおのじょう)ツアー!

の後編です。

女子考古部

ブログの一番最後には、訪れた場所の簡単な地図を載せました!

 

前編をお忘れの方はこちらからどうぞ!→

 

お昼ごはん場所の県民の森センターへ向かいます。

歩いていると、副顧問の背中にカエルがピョコンと。

きゅーはく女子考古部

まるで相棒のように肩に移動(^o^)

女子考古部

よっぽど副顧問が好きなのか逃げる気配がない。かわいいですね!

 

県民の森センターでお昼ご飯を食べ、おやつも食べて、体力が回復したところで…

 

午後の部、スタート!

で坂礎石群(ねこざかそせきぐん)

向かった場所は、なんとも可愛らしい名前(^^)の、礎石群です。

午前の部 銑と、礎石については、大野城ツアー前編をご覧下さい!

 

大野城は、平地ではなくアップダウンのある地形です。

そのため、ちょっと広めの平らな場所は貴重!

平らな場所には、倉庫や兵隊が寝泊りする建物などが建てられたそうで、礎石がたくさん残っています。

きゅーはく女子考古部

↑この猫坂礎石群も、確かに平地!

 

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猫坂礎石群から、大野城の外周の土塁(どるい)まで移動しました。

女子考古部

ここからは大宰府政庁跡が、よく見えます。

女子考古部

 

水城口城門跡

大野城と同時代に、築かれた防衛施設を水城(みずき)といいます。

水城口城門跡から下る道のひとつは、その水城跡東門の方へと通じています。

女子考古部

↑このあたりが、水城口城門跡。なかなかの急勾配!

門の外側には階段があったといわれています。

女子考古部

↑門の扉の礎石、唐居敷(からいじき)。

唐居敷については、大野城ツアー前編でご紹介しました!

ここにも、しっかり残っています。

女子考古部

↑ごろごろ落ちている古代の瓦(かわら)のカケラ。

大野城は瓦天国!

ここだけではなく、あちこちに落ちています。

女子考古部

厚いものや薄いものなど、瓦の種類もさまざまですね。

持って帰ることは、できません!あった場所にそっと戻しましょう。

 

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女子考古部

↑水城口城門跡から少し細道に入るとけいさしの井戸があります。

女子考古部

↑円形の井戸です。この石積みは後世のものと考えられています。

大野城が使用されていた頃は、近くにある倉庫などのための防火用として使われていたのでは?

いう説もあります。

また、あとで解説に出てくる四王院(しおういん)とも関係がある…?

 

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女子考古部

再び外側の土塁まで出ました。

さきほどのゥ咼紂璽櫂ぅ鵐硲韻茲蠕沼Δ覆里如博多湾のほうまで見えました!

 

広目天礎石群(こうもくてんそせきぐん)〜毘沙門堂(びしゃもんどう)

けいさしの井戸の横には、広目天礎石群があります。

そこから、土塁に沿って北に進むと、

女子考古部

女子考古部

↑この毘沙門堂前に着きます。

 

・・・謎多き!四王院とは?・・・

774年に建てられた四王院は、朝鮮半島にあった新羅(しらぎ)という国からの、

呪詛(じゅそ)による攻撃に対抗するために創建されたとか!

戦国時代に焼失してしまい、どこにあったのかは判明していませんが、

大野城内には、

広目天、毘沙門天、増長天(ぞうちょうてん)、持国天(じこくてん)

などという、四天王の名前がついた地域が残っています。

 

それぞれの地域で、建物跡や井戸などが見つかっており、

けいさしの井戸と広目天礎石群も、この四王院と関わりがあったのかも、と言われています。

 

大城山(おおきやま)山頂

女子考古部

大野城の中で、もっとも高い地点、大城山頂上にたどり着きました!

標高410mです(^o^)/

そして、ここが今回の大野城南側ツアーの最北端になります!

みなさん、まだ体力は残ってますか?

 

坂本口(さかもとぐち)城門跡

来た道を戻りながら、今度は土塁に沿って南下していきます。

水城口城門跡と、太宰府口城門跡の間にある、坂本口城門跡を目指します。

女子考古部

↑山城マスターが枯葉をとり除いてくれています。

道はかなり、厳しい。

女子考古部

少し下ったところにある、坂本口城門の唐居敷がありました。

↑画像右下の石が、唐居敷です。

でも、この唐居敷…置いてある向きもおかしいし、片側一つしかありません。

女子考古部

↑下から見るとこんな感じです。中央にある石が唐居敷。

おそらく、何らかが原因で、本来あった場所から流れ落ちてしまったと考えられています!

 

鏡池(かがみいけ)〜増長天礎石群

坂本口城門跡から、今度は東へ進みます。

女子考古部

今まで一度も枯れたことがない!という鏡池。

女子考古部

日照が続いたときには、ここで雨乞いの儀式が行われていたとも言われています!

/////////////

その近くにあるのが四天王の名前がついている、増長天礎石群です。

倉庫跡が4棟、見つかっています。

女子考古部

↑整備のために立ち入りできない所もありました。

女子考古部

↑昭和に行った礎石の補修跡。

礎石の割れた箇所をコンクリートで埋めています。

顧問曰く、外にある礎石などを、どのように補修して保存していくかが今後の課題だそうです。

 

今回訪れたルートはこちら!

女子考古部

ヘトヘトになりましたが、山歩き初心者でも歩きやすいルートでした(^^)

 

しかし、山は山!訪れる際は、慎重にお願いいたします。

次回は秋の山城ツアーを予定!(もうすぐ!)

お楽しみに!

 

 

投稿者 | 989edu |
第4回きゅーはく女子考古部 オリジナル貫頭衣を作ろう!

女子考古部5期生の活動も、あっという間に4回目!

今回はいよいよ、マイ貫頭衣作りです!!

と、その前に・・・

5期の部長・副部長決めと、9月〜1月の自主企画について話し合い。

5期ならではのアイデアも出てきましたね♪

女子考古部でしかできないこと、実現しましょう!

 

さて、いよいよ貫頭衣づくりです

まずは顧問の文様講座から。

縄文時代〜古墳時代あたりまでの文様についてレクチャー(^^)b

土器や土偶、青銅器、鏡、埴輪、装飾古墳の壁画などを取り上げて、

時代ごとの特徴や文様が生まれた背景を教えてもらいました!

顧問自ら、壁画っぽい牛の絵も披露!

どんな文様にしようか考えながら、レッツ制作!

九博にある貫頭衣を着てみて、サイズ感や仕上がりのイメージを確認します。

 

まずは、布を好きな長さに裁断して、頭を出すための切込みをいれます。

 

これで、基本の形はできあがりです

お好みで、脇をミシンで縫ってもOK

あとは、布用絵の具で好きな文様を描いたり、

持ってきた材料を使って飾りつけ!

もくもくと描きまくります!!

裏面がシールになっている布を貼り付けたり。

ご自宅で前方後円墳の型を作ってきた人も!

↓こんな感じに*

どれもオリジナリティがあふれていますね!

 

文様ができたら、腰紐作りです。

好きな色の紐を選んで、編み編み(^_^)v

「平編み」という少し変わった編み方にチャレンジ!

こちらは、一部をミサンガの編み方にしてみました。

 

さてさて、みなさんどんな貫頭衣に仕上がったのでしょうか・・・!

実は絵の具が乾ききらず、集合写真の撮影ができませんでした(ToT)

お披露目は、しばしお待ちを!

 

それでは次回から5期生による自主企画です!

お楽しみに〜

 

 

 

 

 

 

 

 

投稿者 | 989edu |
第3回きゅーはく女子考古部 吉野ヶ里遺跡で古代染め体験*

きゅーはく女子考古部5期生 第3回目の活動は・・・

古代染め体験@吉野ヶ里歴史公園!

実施したのは7月下旬の快晴の日

絶好の染め日和でした♪

 

今回体験したのは、貝紫染め茜染めです。

というのも、貝紫によって染められていた

吉野ヶ里遺跡で見つかっているからです!

 

また、吉野ヶ里遺跡では、さまざまな色に染めた糸を使って織り上げた

が存在していた可能性が高いと考えられているそう。

弥生時代から染織をしていたかもしれないなんて、驚きですね(゜O゜)

小澤副顧問のレクチャーののち、早速作業スタート!

 

弥生時代の布はが主ですが、

今回はお財布と相談した結果、木綿でチャレンジ!

 

★布の下準備

洗剤でハンカチを洗って乾かします。

新品のハンカチを使うので、染料が入りやすいように洗います。

天日干しをしたいところですが、時間が限られているので

アイロンを使って素早く乾かしました。

 

この一枚のハンカチに、貝紫染め茜染めを施します!

 

【 ヽ紫染め 】

 

使用する貝は、イボニシという貝。

大きさは2cm前後の小さな貝です。

活動に先立ち、顧問・副顧問・マネ・部員(有志)で集めてきました!

 

★染料の作り方

ちょっとかわいそうですが、殻をかなづちで割って、

中身をあらわに・・・

中央のほそ〜〜〜い蛍光の黄色い線、見えますか?

これが染めるのに使われる「パープル腺」という器官です。

黄色いのに、パープル腺・・・?

パープル腺はピンセットで取り出します。

これがなかなか難しい!

貝ひとつだとほんの少ししかとれないので、

今回はみんなでたくさん割って、

取り出せたパープル腺をすり鉢に集めました。

この中に塩水(濃度3%)を入れて、

すりこぎでぐりぐりとすりつぶします。

これがなかなかくさい(ToT)/

こうして染料が出来上がりました!

 

★染め方

筆にとって、好きな模様を描きます。

描いたばかりのときは少し黄緑色のような、

先ほどのパープル腺と似た色味です。

どこが紫なの????と思うかもしれませんが、

しばらく屋外で紫外線に当てると・・・

この色から

紫色に変化!!!!

だんだん変わっていく様子が面白いんです(^_^)v

このまま干して、しっかり紫色になりました♪

 

【 茜染め 】

 

イボニシが乾いたら、次は茜染めです!

使うのは、茜という植物の根っこです。

根っこの皮に赤く染まる成分が含まれています。

 

★染料の作り方

まずはチップになっている茜の根っこを、洗濯ネットに入れて洗います。

なぜ洗うのかというと、茜には赤い成分のほかに、

黄色の成分も含まれています。

ですがこの成分は水溶性のため、水で洗うことで流れ出し、

より綺麗な赤に染めることができるのです(^_^)b

洗うと水が赤く染まりますが、全然大丈夫!

何回か水を替えて洗いましょう。

どこまで洗えばいいのか・・・はよく分からないので適当に。

手が染まるので、手袋を忘れずに!

 

洗った茜を煮詰めて、染料を作ります。

70〜80℃で1時間ほど加熱し続けるので、

その間に媒染(ばいせん)液を作ります。

 

?媒染とは?

繊維に定着しにくい染料で染色する際に、

染料を繊維に定着させるために行なう処理のことです。

媒染するのとしないのとでは、染めた後の色持ちが違います!

媒染には、繊維を染料につける前に行なう先媒染と、

染料につけた後に行なう後媒染があります。

今回は、先媒染を行います。

 

★媒染液の作り方

定着させるには、アルミニウムイオンが最も染料の色を引き出すのに有効です。

そこで、これが多く含まれる椿の灰の水溶液と、ミョウバンの水溶液を用意します。

目指す仕上がりによって、これらを使い分けます。

 

○椿灰・・・バケツに椿灰と水を入れて、その上澄みを使います。

○ミョウバン・・・バケツにミョウバンと水を入れて、よく混ぜて使います。

本当はお湯の方がよく溶けますが、今回は省略!

上のバケツにミョウバン、下のバケツに椿灰を入れています。

伝統的なのは椿灰を使った媒染で、比較的新しい方法がミョウバンでの媒染です。

椿灰よりも、ミョウバンの方がより濃く発色します。

左の布が椿灰、右の布がミョウバンで媒染したものです。

ほんのり色味がちがいますよね(^_^)

 

★媒染のしかた

先媒染なので、染料に浸す前に布を処理します。

イボニシで染めた布をどちらかの水溶液にくぐらせ、固く絞ります。

これで、アルミニウムイオンが定着!

ここで乾かすとより定着しますが、

時間がないので絞って済ませました。

 

★染め方

1時間ほど煮詰めて作った染料に、媒染を済ませた布を入れ、

ムラなく染まるように割り箸などで15〜20分程度かき混ぜます。

このとき、染料は70〜80℃を維持します。

時間が経ったら、布を引き上げて絞り、

太陽の力を借り、天日干しで乾かしてから

水で洗います。

なるべく、水が赤くならなくなるまでしっかり洗います。

もっと濃くしたければ、再び媒染して染めます。

媒染の前に輪ゴムなどで絞ってそのまま染めれば、

白い模様ができるんです!

すごく綺麗な赤ですね!

植物だけでこんなにはっきりと色が出るんだとびっくり♪

最後にみんなで、はいチーズ!

古代の赤、素敵でしたね(*゜▽゜*)

 

染め体験のあとは、遺跡散策!

さすが、充実の吉野ヶ里遺跡でした!

みなさん暑い中、お疲れ様でした(^^)/♪

 

次回もお楽しみに★

投稿者 | 989edu |
第2回きゅーはく女子考古部 わくわく太宰府ツアー♪

女子考古部5期生 第2回目の活動は…

毎年恒例、小嶋顧問による

わくわく☆太宰府どやツアー(゜▽゜)

です!

太宰府マスター・小嶋顧問のガイドで、

九博周辺の史跡をめぐりました(^^)/

2019年度版☆太宰府ツアーのしおりをひっさげて!

 

イントロダクションとして、4階文化交流展示室の入り口

「大宰府のおもかげ」コーナーで、

大宰府や近隣の史跡(大野城、水城)についてのお話。

航空写真でツアーのルートを確認します。

太宰府はかつて、交通の要衝でした。

今回は、九博から大宰府政庁跡までのルートです。

大宰府政庁の模型の前で。

 

準備ができたら、いざ出発!

 

参道を抜けて、

まずは、御笠川沿いの駐車場にて。

奥に見えるのは、宝満山

別名「かまど山」とも呼ばれています。

博多湾側からやってくる湿った空気がぶつかることで雲ができやすく、

その様子がまるでかまどから煙が出ているように見えるのが由来だそう。

この日はその名の通りのもくもくっぷり!

 

ちなみに、この西側には古代山城・大野城があった四王寺山が見えますが、

それほど高さがないため雲ができにくいそうです。

この大野城と水城といった山城に囲まれた古代都市は、

なんと日本で大宰府だけ!

そのため、大野城・水城・大宰府国の特別史跡に指定されている

とっても貴重な史跡なのです…!

そんなに重要な場所が身近にあるなんて、

部員さんもびっくり(゜o゜)

 

川沿いを歩いて、

住宅街を歩いていくと、

次なる目的地、観世音寺に到着。

九州で亡くなった斉明天皇のために、

息子の天智天皇が746年に建立したお寺です。

この平らな石は「礎石」という、建物の基礎となる石です。

女子考古部のブログでおなじみですね!

かつてはこの石の上に柱が立っていたため、

この石が置かれている範囲で建物の規模が分かるんです(^_^)b

こちらの石は復元したレプリカだそう。

お寺の本堂は5回建て替えられていて、

過去の礎石が今の本堂のそばに残っています。

昔の本堂は今よりも大きかったんですね!

かつて、観世音寺には五重塔があったといわれています。

これは、塔の心柱を支えた礎石です。

こんなに大きな石で柱が支えられていたなんて、

すごく立派な塔だったんでしょうね〜(゜o゜)

こちらは日本最古の梵鐘で、なんと国宝です!

7世紀末に作られました。

京都の妙心寺に同じ工房で作られたとされる鐘があるそう。

今でも除夜の鐘として、大晦日にその音を聞くことができます。

大宰府展示館にて顔はめパネルで写真を撮って、

大宰府政庁跡でお昼を食べました♪

腹ごしらえのあとは、

大宰府展示館のご案内(^^)/

↓こちらの写真は、見たことがある人が多いはず!

新元号・令和フィーバーで、テレビによく映っていましたね(^^)v

古代大宰府の窯跡である「国分(こくぶ)瓦窯跡」で焼かれた瓦の復元。

さわってみることもできます!

このジオラマは、大宰府政庁の建物に限らず、

政庁で行なわれている儀式、

各所で働く役人たちも再現されています。

 

大宰府政庁について一通り学んだあと、

スタンプ争奪戦を経て、

大宰府政庁跡へ!

 

政庁跡も特別史跡です。

ここには、当時の建物の大きさをうかがわせる

礎石がずらっと並んでいます。

その中には、石に2つ穴があいたものがあります。

これは、門のための礎石である「唐居敷(からいじき)」です。

このブログを読んでいる方の中には、

「あれ?聞いたことあるぞ??」と

思った方もいるはず!

実は、大野城の城門にも使われていました!

(参照→大野城ツアーのブログ

門が開閉でき、かつ門と柱の間の隙間を隠す工夫がなされている礎石です。

1300年前のこのような礎石が、今でも残っているのです。

 

しかし、なんと礎石の中にはニセモノが混ざっているそう(゜o゜)!

この画像の手前と奥の石、ニセモノの礎石です。

なんとなく、形が似ていると思いませんか?

これは、後の時期に同じ型で作ったものだからです。

 

では、なぜニセモノが混ざっているのか??

 

それは、昭和時代に庭師さんが庭石として

たくさん持っていってしまったから!!

江戸時代には300ほどあった礎石が激減・・・。

そこで、新たにこのような礎石が作られました。

 

さりげなく存在する石がニセモノだなんて、

普通に訪れるだけでは分からないですよね〜(゜o゜)

これぞ、どやツアーの醍醐味

 

続いて、大宰府の行政機関のひとつだった

蔵司(くらつかさ)跡へ向かいます。

こちらは九州歴史資料館による発掘調査中のため、

通常は入ることができません。

ところが、女子考古部は特別に見学させていただくことができました!

 

それはなぜならば・・・

小嶋顧問が以前、調査に携わっていたから〜(゜▽゜)どや!

蔵司とは、九州各地から税として納められた

布や特産品を管理していたところです。

この地域には、保管用の倉庫が複数あったと考えられています。

大きな倉庫だったようで、礎石が広範囲にたくさんありました!!

 

以上で、太宰府ツアーは終了です。

博物館からおよそ3kmの道のりでした。

大宰府の歴史を感じていただけたでしょうか?

 

暑い中、みなさんお疲れさまでした〜!!

投稿者 | 989edu |
きゅーはく女子考古部 5期生活動スタート!!

きゅーはく女子考古部も5年目を迎えました。

いよいよ、5期生の活動スタートです!

 

第1回目はオリエンテーション!(^^)!

九博と考古部のことを知ってもらうために、

いろいろなお話を聞いていただきました♪

 

まずは顧問・副顧問・マネージャーの紹介から。

貫頭衣とみずらを身につけた顧問・副顧問たち。

ちょっと緊張気味?

小嶋顧問(一番手前)は、長いみずらは偉い人の証と

なんだか満足げなご様子。

それぞれの専門分野を教えてもらいました。

 

次に、マネージャーからこれまでの活動紹介です。

何かを作ったり、九博を飛び出して遺跡を見学したり。

部員さんのアイデア次第で、色んなことができますよ

 

続いては、5期生の自己紹介

今期も小学5年生から60代の方まで、幅広い年代の方がいらっしゃいました。

お住まいも福岡県内に限らず、熊本長崎、さらには大阪からお越しになる方も!

情熱を感じます(*゜▽゜*)!!

詳しい人もそうでない人も、一緒に盛り上げていきましょう!

 

皆さんの熱い思いを聞いたあとは、

顧問・副顧問の文化交流展示室どやツアー

ネーミングの通り、4階文化交流展示室を

顧問と副顧問たちが専門分野をどや顔(゜▽゜)で案内するツアーです。

まずは小嶋顧問から太宰府とその周辺の歴史について。

展示室の前の床の地図で解説中。

展示室に入ってみる…と、おや?この人は?

川村副顧問・・・に似ている清の皇帝です!!

なんとタイムスリップして駆けつけてくれました。

お話してくださったのは中国の戈(か)について。

小澤副顧問と一緒に、日本のものとの違いを教えてくれました(^^)v

(戈についてはこちらを参考にしてください♪)

続いて、小嶋顧問がいま話題沸騰中の

新元号記念特別企画「令和」展について解説!

埴輪についても熱く語ってもらいました!

専門分野について話し出すと止まらない顧問・副顧問たち。

部員さんからたくさん質問も飛び出し、

白熱したどや(゜▽゜)ツアーでした!

 

お昼をはさんで、午後の一発目は

博物館の虫講座

文化財をおびやかす害虫たちについて、

九博科学課の職員からレクチャーしてもらいます。

実際に虫食い被害にあった資料や

虫(標本)を見せてもらい、

部員さんたちは興味しんしん!

大事な文化財を守るために、

博物館が気をつけていること。

来館者の方に気をつけていただきたいこと。

色々なお話をしてもらいました(^^)

 

続いては、バックヤードツアー

普段お客さまが入ることのできない

博物館の裏側をご案内しました

 

窓から収蔵庫の中を見ることができたり

3Dプリンタで出力した文化財のレプリカをさわってみたり

4月に新調されたCTスキャンもお披露目!

文化財を壊さずに、内部の構造などを知ることができます

文化財の修理工房も窓から見学!

そして文化財を保存するための箱を作る部屋があることを、

マネはこの日初めて知りました…。

博物館、う〜ん奥が深い!

まだまだいろいろな設備があるんですよ(^^)v

 

そして締めくくりは、小嶋顧問によるガイダンス。

その名も

「考古学とは?」

そもそも考古学とはどんな学問なのか?

顧問の熱い思いがあふれます…!

ちなみに顧問の今年のテーマは「マニアック」だそう。

どんな活動になるのか、とっても楽しみです!

 

最後にみんなで記念撮影をしました。

はい、チーズ!

このメンバーで1年間頑張ります!

よろしくお願いしま〜す\(^o^)/♥

 

 

 

 

投稿者 | 989edu |
きゅーはく女子考古部 番外編〜春の山城ツアー!前編〜

今回は、きゅーはく女子考古部番外編です!

古代山城(こだいさんじょう)

大野城(おおのじょう)ツアー!

女子考古部

今年度最初の活動に、女子考古部1期〜4期の有志が参加しました★

まずは、前編!

 

・・・大野城とは??・・・

663年、日本は唐(現在の中国)と新羅(しらぎ。現在の朝鮮半島にあった国)の連合軍に、

白村江(はくそんこう。朝鮮半島にあった場所)での戦いで敗れてしまいます…。

「このままでは日本が攻められるかも!」と考えた当時の人々は、

急いで北部九州に防衛施設築きました。

その中のひとつが、大野城です!

665年に、福岡県の太宰府市、大野城市、宇美町にまたがる

四王寺山(しおうじやま)に築城されました。

女子考古部

↑大宰府政庁跡の背後に見える四王寺山

しかし、実際に大野城が他国から攻められることはありませんでした。

その後この山は、

奈良時代に四王寺が創建、戦国時代には合戦の場、江戸時代に石仏三十三ヶ所が建立…と数々の歴史の舞台となります。

 

版築土塁(はんちくどるい)に囲まれて…

土塁とは、土の堤防のようなもの。

版築とは、土や砂の層を重ねるごとに、上から棒でつき固めていく技法です。

この技術は、朝鮮半島から伝わったとされています。

女子考古部

↑復元された版築土塁の断面。土の色が違う部分が層になっているところ。

女子考古部

↑大野城は、奥に見える案内パネルの通り、周囲にぐるっと尾根があります。

この尾根に沿って、版築土塁が築かれ、谷を塞ぐ石垣が築かれ、城門9箇所造られました。

土塁の外周は、約6.8km!

北側と南側の一部は二重土塁になっていて、総延長は約8.2km!!

女子考古部

↑土塁の上を歩いています。

 

土塁の内側には、現在確認されているだけでも約40棟、おそらくは全体で70棟以上の建物があったとか!

これは見所が多そうだ!(^^)

 

・・・山城マスターと巡ろう!・・・

女子考古部

スタートは、焼米ヶ原(やきごめがはら)駐車場。

案内役は、きゅーはく女子考古部の小澤副顧問です。

山城を研究しており、平成15年度の豪雨で被災してしまった大野城の復旧にも携わった、

まさに山城マスター!

 

ちなみに、大野城の面積は東京ドーム60個分、福岡ドームだと40個分です。

一日では、到底巡ることができないので、今回は南側限定のツアーです。

 

‖精防楔城門跡

女子考古部

↑城門付近には石垣が残っています。

使われている石は、花崗岩(かこうがん)。

この山に元々ある石が使われています。

谷や川の箇所に作られる石垣は、このようにしっかり積まれていることが多いですが、

表面だけ石垣風に石を貼り、中は土のところもあるのだとか!

そのような石垣は「貼石垣(はりいしがき)」とよばれています。

敵に「この城、頑丈そう!落とすの無理!」と思わせるため、

また、見た目を立派にして権威を見せるためだそうです。

女子考古部

↑中央あたりが、かつて城門があった場所。

ただし、城門は古代に3回ほど改築されていて、幅が最初期より狭くなっています。

付近からは、城門の屋根についていたであろう鬼瓦が3つも出土しています!

女子考古部

↑そして、地面の石に注目。

大野城の城門といえばコレです。

 

少し復習になりますが、きゅーはく女子考古部では、これまでに何度も「礎石(そせき)」が登場しました。

女子考古部

↑九州国立博物館4階、大宰府南門模型より。

建物の柱が地面の水分で腐らないようにするため、地面と柱の間に置かれる石。

これが礎石です。

jyosi

↑太宰府口城門跡にも、礎石がある…おや?

この穴は何でしょうか?

女子考古部

↑県民の森センターに置かれているコレは、同じく大野城の宇美口城門跡の地面にあったもの。

おそらく大野城の城門すべてに、あったであろう…

これは「唐居敷(からいじき)」といいます。

門の両側に置いてあり、扉を開閉できるように細工がされているのです。

・・・唐居敷とは??・・・

女子考古部

●赤い部分●

一番小さい穴には鉄製の棒状の金具が入ります。

穴の中には鉄サビが残っています!

金具の上部は球体のような形になっていて、

扉にはその形とぴったり合う穴があいていたと考えられます。

これで、扉が開閉する仕組みができます。

●黄色い部分●

扉の両側につく門の柱です。

太宰府口のものは円柱です。

宇美口のものだけ唯一、四角い柱です。

●白い部分●

方立(ほうだて)と言います。

扉と柱だけでは、その間に隙間ができてしまい、スカスカの門になってしまう!

かといって、扉と柱をピッタリくっつけたら、扉が開きません。

ということで、目隠しの役割がある柱が、真ん中にありました。

 

でも、これだと方立が扉の邪魔になってしまう…と思われる方もいるかもしれません。

しかし!こういった要塞の城門は、内開き!と熱く語る山城マスター。

女子考古部

扉の開閉を場内でコントロールできるなど、ちゃんと理由があるとのこと。

(外開きだと、敵に押さえられたら開けられなくなる)

なるほど…。

扉は内にしか開かないので、方立は邪魔にはなりません!

 

この唐居敷は、城門跡を調査する際の非常に重要なアイテムなんです。

 

土塁の災害復旧

女子考古部

↑太宰府口城門跡から、次の目的地、焼米ヶ原へ移動中。

歩いているところは土塁です。

ここの土塁は外側が、かなり急な崖です。

この土塁も平成15年度の豪雨で崩れてしまった箇所です。

どのように復旧したかと言うと、版築で土塁を築き直したそう!

ほぼ直角なので、大変な作業ですね。

大野城全体で50ヶ所ほど復旧作業が行われました。

 

焼米ヶ原〜尾花礎石群(おばなそせきぐん)

女子考古部

↑ここには10棟以上の高床倉庫があったと考えられています。

大野城は、食料の貯蓄としての役割も果たしていました。

女子考古部

↑今でも、黒く炭化したお米を見つけることができます!

そのため、ここは焼米ヶ原とよばれています。

女子考古部

↑炭化米探しに夢中になる部員たち。

地面を削るのは御法度です。

 

さて、お米を見てそろそろお腹がすいてきました。

お昼ごはんを食べて、午後のツアーもはりきっていきましょう!

 

後編に続く!

 

投稿者 | 989edu |
きゅーはく女子考古部5期生 大抽選会!

さぁ!今年もこの一大イベントがやってまいりました。

きゅーはく女子考古部5期生を決定する

大抽選会です!

 

今年の応募総数は、70組でした!

たくさんのご応募、本当にありがとうございました!

 

女子考古部

令和を記念して、大伴旅人の衣装を着た女子考古部顧問。

顧問の前の箱には、運命の抽選箱が…。

女子考古部

圧し掛かるプレッシャーに、顧問も思わずこの表情。

定員は20名です。

誰が当たるかは、誰もわからない。本気の抽選会です!

女子考古部

28番の方、当選!!

 

抽選を繰り返し、5期生が決定しました!

当選された方、おめでとうございます☆

第1回活動でお会いしましょう!

 

心苦しいのですが、5期抽選会はこれにて終了です。

みなさま応募メールに、女子考古部に対する熱い想いをいっぱい書いてくれました。

読んでいて励みになります!

そして顧問マネ一同、「全員当選にできれば…」と、毎年悔しい気持ちになります。

 

今後ともきゅーはく女子考古部をよろしくお願いします!

 

投稿者 | 989edu |
きゅーはく女子考古部 5期生募集スタート!

今日から4月!4月といえば、

きゅーはく女子考古部新部員募集の時期です!!

本日より、5期生の応募スタートです!!

応募者多数の場合は

厳 正 な る 抽 選

を実施させていただきます。ご了承ください!

詳しくはこちら

女子考古部の活動を知りたい方はHPをご覧ください

 

ご応募、おまちしてま〜す\(^o^)/

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