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第2回きゅーはく女子考古部 わくわく太宰府ツアー♪

女子考古部5期生 第2回目の活動は…

毎年恒例、小嶋顧問による

わくわく☆太宰府どやツアー(゜▽゜)

です!

太宰府マスター・小嶋顧問のガイドで、

九博周辺の史跡をめぐりました(^^)/

2019年度版☆太宰府ツアーのしおりをひっさげて!

 

イントロダクションとして、4階文化交流展示室の入り口

「大宰府のおもかげ」コーナーで、

大宰府や近隣の史跡(大野城、水城)についてのお話。

航空写真でツアーのルートを確認します。

太宰府はかつて、交通の要衝でした。

今回は、九博から大宰府政庁跡までのルートです。

大宰府政庁の模型の前で。

 

準備ができたら、いざ出発!

 

参道を抜けて、

まずは、御笠川沿いの駐車場にて。

奥に見えるのは、宝満山

別名「かまど山」とも呼ばれています。

博多湾側からやってくる湿った空気がぶつかることで雲ができやすく、

その様子がまるでかまどから煙が出ているように見えるのが由来だそう。

この日はその名の通りのもくもくっぷり!

 

ちなみに、この西側には古代山城・大野城があった四王寺山が見えますが、

それほど高さがないため雲ができにくいそうです。

この大野城と水城といった山城に囲まれた古代都市は、

なんと日本で大宰府だけ!

そのため、大野城・水城・大宰府国の特別史跡に指定されている

とっても貴重な史跡なのです…!

そんなに重要な場所が身近にあるなんて、

部員さんもびっくり(゜o゜)

 

川沿いを歩いて、

住宅街を歩いていくと、

次なる目的地、観世音寺に到着。

九州で亡くなった斉明天皇のために、

息子の天智天皇が746年に建立したお寺です。

この平らな石は「礎石」という、建物の基礎となる石です。

女子考古部のブログでおなじみですね!

かつてはこの石の上に柱が立っていたため、

この石が置かれている範囲で建物の規模が分かるんです(^_^)b

こちらの石は復元したレプリカだそう。

お寺の本堂は5回建て替えられていて、

過去の礎石が今の本堂のそばに残っています。

昔の本堂は今よりも大きかったんですね!

かつて、観世音寺には五重塔があったといわれています。

これは、塔の心柱を支えた礎石です。

こんなに大きな石で柱が支えられていたなんて、

すごく立派な塔だったんでしょうね〜(゜o゜)

こちらは日本最古の梵鐘で、なんと国宝です!

7世紀末に作られました。

京都の妙心寺に同じ工房で作られたとされる鐘があるそう。

今でも除夜の鐘として、大晦日にその音を聞くことができます。

大宰府展示館にて顔はめパネルで写真を撮って、

大宰府政庁跡でお昼を食べました♪

腹ごしらえのあとは、

大宰府展示館のご案内(^^)/

↓こちらの写真は、見たことがある人が多いはず!

新元号・令和フィーバーで、テレビによく映っていましたね(^^)v

古代大宰府の窯跡である「国分(こくぶ)瓦窯跡」で焼かれた瓦の復元。

さわってみることもできます!

このジオラマは、大宰府政庁の建物に限らず、

政庁で行なわれている儀式、

各所で働く役人たちも再現されています。

 

大宰府政庁について一通り学んだあと、

スタンプ争奪戦を経て、

大宰府政庁跡へ!

 

政庁跡も特別史跡です。

ここには、当時の建物の大きさをうかがわせる

礎石がずらっと並んでいます。

その中には、石に2つ穴があいたものがあります。

これは、門のための礎石である「唐居敷(からいじき)」です。

このブログを読んでいる方の中には、

「あれ?聞いたことあるぞ??」と

思った方もいるはず!

実は、大野城の城門にも使われていました!

(参照→大野城ツアーのブログ

門が開閉でき、かつ門と柱の間の隙間を隠す工夫がなされている礎石です。

1300年前のこのような礎石が、今でも残っているのです。

 

しかし、なんと礎石の中にはニセモノが混ざっているそう(゜o゜)!

この画像の手前と奥の石、ニセモノの礎石です。

なんとなく、形が似ていると思いませんか?

これは、後の時期に同じ型で作ったものだからです。

 

では、なぜニセモノが混ざっているのか??

 

それは、昭和時代に庭師さんが庭石として

たくさん持っていってしまったから!!

江戸時代には300ほどあった礎石が激減・・・。

そこで、新たにこのような礎石が作られました。

 

さりげなく存在する石がニセモノだなんて、

普通に訪れるだけでは分からないですよね〜(゜o゜)

これぞ、どやツアーの醍醐味

 

続いて、大宰府の行政機関のひとつだった

蔵司(くらつかさ)跡へ向かいます。

こちらは九州歴史資料館による発掘調査中のため、

通常は入ることができません。

ところが、女子考古部は特別に見学させていただくことができました!

 

それはなぜならば・・・

小嶋顧問が以前、調査に携わっていたから〜(゜▽゜)どや!

蔵司とは、九州各地から税として納められた

布や特産品を管理していたところです。

この地域には、保管用の倉庫が複数あったと考えられています。

大きな倉庫だったようで、礎石が広範囲にたくさんありました!!

 

以上で、太宰府ツアーは終了です。

博物館からおよそ3kmの道のりでした。

大宰府の歴史を感じていただけたでしょうか?

 

暑い中、みなさんお疲れさまでした〜!!

投稿者 | 989edu |