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三国志!! -武器の巻-
今月1日から九州国立博物館3階特別展室において開催中の特別展「三国志」!

14世紀に作られた「物語としての三国志」(『三国志演義(さんごくしえんぎ)』)のもとになった、約1800年前の中国(後漢時代〜三国時代)。
魏(ぎ)・蜀(しょく)・呉(ご)の3国が鼎立し、曹操(そうそう)や劉備(りゅうび)、孫権(そんけん)などの武将が大活躍していた、まさにその時代の出土遺物を一堂に集め、実際に使っていた武器や墓に納められた副葬品などから、リアルな三国志の姿を復元しようという、意欲的な展覧会です。
今日も、その展示の一部をご紹介しましょう!!


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矢・矢・矢…!!矢の雨が降ってくる!!

 『三国志演義』では、赤壁(せきへき)の戦いを前にして、不足している矢を入手するために諸葛亮(しょかつりょう)孔明(こうめい)が藁(わら)のかかしを船に乗せて魏軍に矢を射らせ、かかしや船に刺さった敵の矢を回収して再利用した逸話が名場面のひとつになっています。
 実はこの話、『三国志演義』の中で創作されたお話なのですが、そのもとになったのではないか?というお話として、西晋の陳寿(ちんじゅ)が編纂した「三国志」に次のようなお話があります。

 あるとき、儒須水(じゅしゅすい)という川の河口で、孫権と曹操とが戦いました。なかなか兵を出さない曹操に対し、大胆にも孫権は大きな船に乗って敵の軍の前に現れます。曹操軍はいっせいにこれに矢を射かけたところ、船の片側に大量の矢が刺さって、その重みで船が傾いたため、孫権は船をめぐらせ、逆側にも多量の矢が刺さるようにして、船のバランスを保った、というものです。
 特別展「三国志」会場内では、これらのエピソードにヒントを得て、会場内に約1千本もの矢を吊るし、弓・弩(ど/クロスボウ)による合戦の雰囲気を演出しました!

 この演出、本展覧会の写真撮影ポイントとなっており、来館されるお客様の多くはここで写真を撮られるようです。
 もちろん、われわれ職員だって、負けずに写真を撮っちゃいました!

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展示作業の合間をぬって、ポーズを決める九博職員…

もちろん、ちゃんと仕事もしていますよ!?これは休憩時間のひとコマです。
(ちなみに、現在では奥の壁の足元に水面をイメージした造作物が配置されており、同じ画面構成の写真は撮ることができません。あしからず…)


 同じコーナーには、漢から三国時代にかけて実際に戦闘に用いられた可能性がある武器や、その形を模した明器(めいき・墓に収めるために作られた非実用的な道具)としての武器を展示しています。

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鏃(ぞく・やじり)。弓や弩により射られる矢の先端部。

 戦国時代から漢にかけて、材質は青銅器から鉄へと変わりました。これらは実際に赤壁の古戦場から出土したもので、赤壁の戦いで使われた可能性もあります。


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弩(ど/クロスボウ)

 横弓部は失われていますが、木でできた「木臂」(もくひ/機械仕掛けの発射部分を固定するとともに、矢を乗せる木製の部材)と、引き金を含む発射部分がほぼ完全な形で出土しました(ただし、展示品は木臂も複製)。ほかに、墓に副葬された弩機(機械仕掛け部分)も展示しています。



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矛。全体が鉄でできており、投槍と考えられます。

 5世紀の「史記集解」(しきしっかい)という史料に、「鋋」(せん/金偏に「延」)という武器の説明があり、「形が矛に似て鉄柄」とされています。また別の史料に、「鋋」が空を飛んで雨のように降る様子を描く記述があることから、全体が鉄でできた矛の形のこの武器は「鋋」という投槍だったのではないかと考えられます。



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「鉤鑲」(こうじょう/じょうは金偏に「攘」のつくり部分)

 小型の盾と、引っ掛ける鉤爪が一体となったこの武器、曹操の息子で魏の初代皇帝(文帝)となった曹丕(そうひ)もしばしば用いたとされます(曹丕は両手にこれを持って用いたとも)。盾で敵が振り下ろす刃(やいば)を防ぎ、鉤爪でからめとるようにして戦うのだそうです。



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撒菱(まきびし)。これを踏むと足がヒドイことに…

 定軍山(ていぐんさん)。魏が拠点を置く中原(黄河流域)と、蜀が領有する益州(えきしゅう/現在の四川省ほか)のあいだにあり、両勢力間の戦略的な要所となっていた「漢中」(かんちゅう)をめぐって激しい戦いが繰り広げられました。この定軍山で出土した撒菱は、武将同士の華々しい戦いの足元でひそかにめぐらされた軍略を想像させます。


 『三国志演義』の中では、前回紹介した張飛(ちょうひ)の蛇矛(じゃぼう)のほかに、関羽(かんう)の青龍偃月刀(せいりゅうえんげつとう)、劉備(りゅうび)の「雌雄一対の剣(しゆういっついのけん)」、呂布(りょふ)の「方天画戟(ほうてんがげき)」、曹操(そうそう)が董卓(とうたく)に献上した「七星宝刀(しちせいほうとう)」などのさまざまな武器が登場します。それらの多くはお話の中での創作かもしれませんが、実際に戦場で使われた武器を見て、それらを想像するのも「リアル三国志」ならではの楽しみ方かもしれませんね!!

特別展「三国志」は、九州国立博物館3階特別展室にて来年1月5日(日)まで開催中です!
会期が後半になるにつれて、会場が込み合うことが予想されます。ぜひお早めに足をお運びください!
投稿者 | 989tenji |