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週末の夜は九博の三国志展へ行こう!
 現在、九州国立博物館3階特別展室で好評開催中の、特別展「三国志」
 来週末、11月22日(金)・23日(土)の夜間開館日は、関連イベントが目白押しです!
 今回は、11月22日(金)のイベントをご紹介しましょう。

 11月22日の金曜日。
 この日の夕方には、特別展「三国志」会場になんと!?あの「曹操」(そうそう)が登場します!!!


 …といっても、ご本人そのものではないですよ?
 曹操さん、西暦220年にお亡くなりになってますからね?
 来年が没後1800年。三国志展でも曹操のお墓からの出土品を絶賛公開中ですから。
石牌(せきはい/曹操高陵出土)
(「魏武王常所用挌虎大戟」=魏の武王(曹操)が常に用いていた、虎をも打ち倒す大きな戟(げき)。曹操の墓に埋葬されていた戟(武器)につけられていた。これが出土したことが、曹操の墓であると判断する大きな手がかりのひとつになったという。本展覧会の目玉のひとつ。)

 話がそれました…
 22日に登場してくださるのは、俳優、宮木秀明さんが扮する「曹操」と、同じく権丈豪士さん扮する卑弥呼(ひみこ)の使者、難升米(なんしょうめ)。
宮木さん 
権丈さん 
 主演お二人が熱演!特別展「三国志」の会場内で、曹操と難升米(なんしょうめ)の時代を超えた出会い(※)と感動のストーリーが繰り広げられます…!

 ときは西暦3世紀ごろのお話。
 弥生時代の日本列島には、「倭国」(わこく)という国があり、女王の「卑弥呼」が治めていました。
 卑弥呼はあるとき、中国の王様にあいさつしようと、使者を送り出します。
 使者として、遠路はるばる倭国より中国までやってきた難升米は、いきなり時代を超えて曹操のもとに放り込まれてしまいます。
 後漢最後の皇帝、献帝(けんてい)を擁する曹操はそのころ、漢王朝の正統な後継者を標榜(ひょうぼう)する劉備(りゅうび)や、中国南部を支配する孫権(そんけん)らと、中国大陸の覇権をかけて、激しい争いを繰り広げていました。
 そんな戦国の世に放り込まれてしまった難升米。なりゆきから曹操に味方して戦うことを誓ったものの、曹操たちが用いていたのは難升米が住んでいたころの「倭国」にはない武器ばかりで、使い方がよくわかりません。そこで、曹操は難升米に手とり足とり武器の使い方を教えることに…!?

 さらに、当館の主任研究員で、特別展「三国志」担当の川村佳男が登場。専門の中国考古学の知識を生かして、かみ合わない二人のやり取りを面白おかしく解説してくれます!
川村主任研究員

 この公演は、三国志展の会場内で行われます。
 11月22日(金)は、18時より第1回目、18時半より第2回目、19時より第3回目が行われ、1回は約15分程度。
 三国志展の会場内、再現された曹操高陵の前で行います。三国志展の観覧チケットがあれば、どなたでも会場内にてご覧いただけます。
ぜひ、足をおはこびください!

 なお、本公演は12月14日(土)にも行われます。開始時間がやや異なりますので注意してください。詳細は、こちらのチラシをご覧ください。


※魏志倭人伝などによれば、難升米が卑弥呼により魏に遣わされたのは西暦239年のこと。曹操はすでに死去しており、史実では二人の出会いはありえません。難升米が魏の都(洛陽/らくよう)についたときの魏の皇帝は、曹操の子孫とされる曹芳(そうほう)という人物。ただし、難升米が皇帝に直接お目通りかなったかは難しいところです…。
投稿者 | 989tenji |