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三国志!!!!!!−講演会のおしらせ−
 10月1日から九州国立博物館3階特別展室において開催中の特別展「三国志」!

 14世紀に作られた「物語としての三国志」(『三国志演義(さんごくしえんぎ)』)のもとになった、約1800年前の中国(後漢時代〜三国時代)。
 魏(ぎ)・蜀(しょく)・呉(ご)の3国が並び立ち、曹操(そうそう)や劉備(りゅうび)、孫権(そんけん)などの武将が大活躍していた、まさにその時代の出土遺物を一堂に集め、実際に使っていた武器や墓に納められた副葬品などから、リアルな三国志の姿を復元しようという、意欲的な展覧会です。

 さて今日は、この三国志展関連イベントである、特別講演会についてご紹介しましょう!

 現在九博で開催中の三国志展、目玉のひとつである、魏(ぎ)の曹操(そうそう)の墓「曹操高陵」(そうそうこうりょう)を実物大で再現し、さらに曹操高陵から出土した選りすぐりの遺物(しかも海外初公開!)をその中で展示するコーナーが人気を博しています。
曹操高陵の再現コーナー→ 

 その「曹操高陵」を発掘した責任者の先生が、九博にやってきます!
 
 12月14日(土)、河南省文物考古研究院の潘 偉斌(ハン イヒン)先生を九博にお迎えして、曹操高陵の発掘調査について、また三国時代のアレコレについて、貴重な体験談を交えながらお話をしていただきます。

 さらに、曹操高陵から鉄製の鏡が出土しているのですが(残念ながら今回の展覧会では出品されていません)、潘 偉斌先生によれば、その鉄鏡と昭和8年に大分県日田市で出土した鉄製の鏡が似ている可能性があるといいます。
 そこで、日本で出土する中国鏡に詳しい、九州大学大学院准教授の辻田淳一郎(つじた じゅんいちろう)先生もお招きして、三国時代と弥生時代の鏡を比較しながら当時の中国大陸と九州とのつながりについてのお話をしていただきます。
潘 偉斌先生 辻田淳一郎先生

 えっ!? 三国時代弥生時代!? なんかぜんぜん関係ありそうな気がしないんだけど…というそこのあなた。

 魏の曹操や呉(ご)の孫権(そんけん)、蜀(しょく)の劉備(りゅうび)など、名だたる英雄たちが活躍した三国時代。年代でいうと、曹操の生まれたのが西暦155年、これが実は日本列島では弥生時代の後期中ごろ。
 曹操が亡くなり、その子の曹丕(そうひ)が後漢(ごかん)の献帝(けんてい)から帝位を譲り受けた(これにより後漢が名実ともに滅亡した)のが西暦220年、その3年後には蜀の劉備も死去しますが、これがちょうど日本列島では弥生時代の後期末ころ。

 歴史書「三国志」の中にも、このころの日本列島のことが記されていて、これがかの有名な「魏志倭人伝」(ぎしわじんでん)。正確には、「三国志」の中の「魏書 巻三十 烏桓・鮮卑・東夷伝 倭人条」(ぎしょ かんさんじゅう とういでん わじんのじょう)といいます。これに登場するのが倭の女王である「卑弥呼」(ひみこ)で、彼女は238年に「難升米」(なんしょうめ、またはなんしょうまい)という人物を使者として魏に行かせ、魏の皇帝は卑弥呼に「親魏倭王」(しんぎわおう)の名を与え、金印を授けました。
 卑弥呼が亡くなったことも魏志倭人伝に記されていて、それが西暦247年。一方、中国大陸では252年に呉の孫権が死去。彼ら、彼女らは、まさに同時代を生きた人々だったのです。

 いかがですか? なんだか面白そうでしょう?
 そう思ってしまったそこのあなた!! 今すぐスケジュールを確認しましょう!!

 特別展「三国志」記念特別講演会は、12月14日(土)13時30分から、九州国立博物館1階ミュージアムホールで開催です!
 開場は13時00分、入場無料(ただし本展の観覧券もしくは半券の提示が必要)、申込不要。なお、定員は280名、先着順になりますのでご了承ください。
 

 みなさまのお越しを、お待ちしてます!
投稿者 | 989tenji |