またもや出現!弥生人!!

みなさん、弥生人には会いに行きましたか?

先日8月18日(土)は、

弥生人現る!!〜101回目の米作り」の

この夏最後の上演日でした。

 

初日同様、いや、それ以上多くのお客様にご覧いただき、

大変好評の中、無事に終幕を迎えました。

たくさんのご来場、ありがとうございました!!

↑作郎にイノシシが襲い掛かった!?

演劇のあとの質問コーナー撮影タイムも大盛況!

楽しみつつ、弥生時代の暮らしについて

関心をもっていただけたのではないでしょうか(^^)

 

イベントは終わってしまいましたが、弥生人に会いたくなったら

いつでもこの動画を見てくださいね♪

 

ご来場ありがとうございました〜!!

 

 

投稿者 | 989edu |
全国高等学校歴史学フォーラム2018!リポート その2

「全国高等学校歴史学フォーラム2018!リポート その1」に続いて、福岡県の学校を紹介します。

 福岡県立宗像高等学校 歴史研究会の発表は「本校を例に見た戦時中の学生たちについて」です。来年創立100周年を迎えることがきっかけで学校の歴史を調べ始め、戦時中の学生のことを知ったそうです。全国の様相をふまえた上で宗像高校の状況を整理し、学校の記念誌や卒業生へのアンケートから当時の生徒の声を拾いあげました。

 

 福岡県立筑紫丘高等学校は、この春に郷土研究部を卒部した生徒の個人研究です。題して「『幻の水城』を探る」。宗像高校と同じく戦時中のできごとをとり上げた研究ですが、「古代の水城」の研究だと思った方も多かったようです。7世紀に築かれた水城が事あるごとに、近代戦争においてもなお防衛線として意識されるということは、防塁として最も適切な場所に築かれているということではないでしょうか。時代を超えて存在感を発揮し続ける水城の姿が示されました。

 

 福岡県立糸島高等学校 歴史部は、ここ数年取組んできた鳥居の調査を「糸島地域における石工の基礎的研究」にまとめあげました。糸島高歴史部は2014年、2015年の過去2回、本フォーラムに参加していますが、今回の調査研究は2015年に発表した「イトシマの狛犬」の延長線上にある研究です。狛犬を作る石工は少ないため石工の動向を狛犬から探ることは困難という結論から、調査対象を鳥居に広げました。鳥居の型式分類を行い、型式ごと、時期ごとの分布状況を把握、その変動の様子から石工の動向を導き出しました。

 

 最後は、福岡県立朝倉高等学校 史学部「東峰村に伝わる「伝・為朝母の墓」の調査」です。鎮西八郎と称した源為朝の母の墓が福岡県東峰村にあるらしい、という情報を基に文献資料の調査や聞取り調査を行い、場所の特定に至った過程を発表しました。地元でも忘れられかけているこの墓のことを後世に伝えていくにはどうすればよいか、が目下の課題だそうです。

 

 今回のフォーラムで発表された研究は、研究対象の性質や時代だけでなく、研究手法も様々でしたが、身近なところから題材を得て、フィールドワークやアンケート調査を含む、「資料に直接あたる」という基本をしっかり押さえた堅実な研究ばかりでした。来年のフォーラムが、今から楽しみです。

今年は太宰府天満宮のご協力をいただき、フォーラム開始前にみなで正式参拝しました。

研究発表する側での参加はもちろん、研究発表を見に来るのも大歓迎です。来年の夏も、九州国立博物館でお会いしましょう!

投稿者 | 989tenji |
全国高等学校歴史学フォーラム2018!リポート その1

 2014年から毎年開催してきた「全国高等学校考古学フォーラム」。昨年から「歴史学フォーラム」に衣替えし、発表形式も壇上発表からポスター発表に変わりました。開催時期は例年と変わらず、8月です!昨年はリポートできませんでしたので、今年はシッカリ報告したいと思います。

 

 発表形式が変わりましたので、より多くの学校に参加していただけるようになり、今年は7県10校の学校が参加しました。うち、地元福岡県の学校は4校。にぎやかなフォーラムとなりました。

 

 今回最も遠くから参加したのは福島県立相馬高等学校 郷土部。郷土と書いて「ごうど」と読みます。相馬高校からは現在、当館4階文化交流展示室で開催中の「全国高等学校考古名品展2018」に多くの資料をご出品いただいています。その出品資料のひとつ、土面に注目し、「土面と巨人伝説」について発表しました。土面の出土地は三貫地貝塚。→貝塚形成後に海水面が後退したため、貝塚は内陸部に位置する。→巨人が貝を食べた後に貝殻を捨てた場所が貝塚であるという伝承が生まれる。ということで、土面が巨人伝説と結びつきました。科学的調査の結果だけでなく、地域伝承が伝えることを汲みとることも大切だと考えました。

 

 

 栃木県立学悠館高等学校 歴史研究部の発表は「『地誌編輯材料取調書』から読み解く皆川八ヶ村の信仰史」です。なんと、同校歴史研究部は平成25年度から栃木県皆川八ヶ村の『地誌編輯材料取調書』の翻刻(古文書の文面を誰もが読めるよう活字にすること)に取組んでいるそうです。その翻刻作業の中で気づいたことをテーマにしました。時代を超えて「山」が人びとの暮らしの中で特別な存在であり続けたことにたどり着きました。この「山」の存在については相馬高郷土部の研究でも言及されましたし、巨人伝説は栃木にも伝わるということで、思いがけない共通点が浮かび上がりました。

 

 続いて、群馬県立桐生高等学校 地歴部「江戸時代の信仰のあり方〜墓石調査における形式と戒名の分析を通して〜」をご紹介しましょう。まず、江戸時代に農村部であった安中市の墓石の形と戒名の調査を実施。調査成果を分析し、時期的な変遷と、城下町高崎との関係性を探りました。調査用紙をつくり、調査項目を明確にする等、基本をきちんと押さえた信頼できる調査結果に基づく分析でした。こうした調査による事例の積み重ねが研究の進展につながります。地味だけれども重要な活動です。

 

 2016年に続く2度目の参加、岐阜県立関高等学校 地域研究部の発表は、「よみがえる渡辺三三(さんぞう)旧蔵資料〜文化財の保全と活用を考える〜」。岐阜県出身の歴史学者、渡辺三三。関高地域研究部は、彼が仕事で赴いた満州の地で採集した考古資料、写真や書籍の保存と活用に携わりました。その経緯と、一連の作業の中で考えたことを発表しました。地域研究部が経験したことは博物館が担っている業務の一部であり、日々取り組み続けている課題でもあります。これで終わりとせずに、今後の研究活動の中でも考え続けてほしいと思います。

 

 昨年に続く2度目の参加、長崎県立壱岐高等学校です。壱岐高校はクラブ活動ではなく、東アジア歴史・中国語コースの歴史学専攻の生徒達による研究「壱岐島の黒曜石〜馬立(もうたる)海岸遺跡を中心に〜」です。自分達が通う学校の近くにある縄文時代の遺跡に注目しました。地表調査を行って採集した黒曜石の産地分析を行い、産地によって石器材料とされたり、されなかったりすることと、その理由を突き止めました。実際に自分達で石器を作ってみるなど、実践的な研究でした。

 

 同じく昨年に続く参加となりました大分東明高等学校郷土史研究部。今回は大分新聞を題材に「新聞で追う100年前の大分〜戦争・暴動・疫病〜」について発表しました。地方新聞の記事を通じて、世界で起きた出来事が大分ではどのように受け止められたのか、そして大分では何が起きていたのかに迫りました。世界と関わる大きな出来事を軸にまとめた年表が面白い、という感想が他校の生徒から聞かれました。

 

 

 残る福岡県の学校4校の発表については、「その2」でお伝えします。お楽しみに。

 

 

投稿者 | 989tenji |
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